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全裸で出会ったドイツ人


彼との初対面はお互い全裸だった。

それもそのはず、彼との出会いは良いホテルの温泉だったのだから。

ここで言う彼とはドイツ人の髪薄めの男性である。僕は“外国人とちゃんと会話する”童貞を彼に捧げたのだ。


その温泉に人はほとんどおらず、僕は狭いサウナで文字通り身を焦がしてから、外気浴をしていた。いわゆる整っていたのだ。
そのスペースには、僕一人だったが、静かな物音を立てながらいかにも外国人の彼は入ってきた。

彼はそのまま外気浴している僕の正面の湯船に入り、僕に話しかける。

「Sounds good」

多分こう言った。後から調べたら、「Sounds good」は相手の提案に対する賛同らしいのでもしかしたら聞き間違いかもしれない。
僕は頷きながら「Ya」みたいな感じで返した。突然すぎて言葉になっていなかったと思う。

そこから僕も湯船に入り、彼と少しだけスペースを開けて隣に座った。自分で話しかける勇気はないけど、話しかけられにいったのかもしれない。

すると彼はまず、「Japanese?」と僕に問う。
これほどまでに分かりやすい質問はないが、外国人とのまともな会話が初めてだったもので少し考えてから「Yes,Japanese」と答えた。
一目で日本人と分からないものなのだと思った。

余談だが、ユニバのキャストはお客さんを一目見て話しかける言葉を変えていたからすごい。外国人だと思って英語で話しかけたらゴリゴリ日本人だった、みたいな事はないのだろうか。

英語を喋れるか聞かれて、「I can't speak English」とは言わずに虚勢を張り、悩んでるふりをした。すると彼は、「チョット?(は話せる?)」と聞いてきた。可愛かった。彼に言われるがまま、チョット英語が話せる日本人を装った。そこで彼はドイツ人である事を教えてくれた。

僕がチョットしか英語を話せない事を知り、分かりやすく単語だけで会話しようとしてくれた。

「Family?(家族と来てるの?)」と聞かれて、
パッと出てこなかったが「Girlfriend」と答えるとすぐに伝わった。「Oh!Girlfriend!」となんだか嬉しそうにしていた。

次にどこから来たのか聞かれて、「Tokyo」と答えた。きっと彼の知る東京ではないけれど。
続けて「1 week?(1週間くらいいるの?)」と聞かれて、「1 day」と答えると驚かれた。あまりのタイトなスケジュールに驚いたのかもしれない。

するとカタコトの日本語で「イチニチ?」と言ってきた。そこから僕と彼の日本語講座が始まった。

ピースして「(イチニチという事は...)ニニチ?」と聞かれ、心でドラムロールを鳴らした僕が「...フツカ」と答えると、悔しそうにしていて可愛かった。
そこから「サンニチ?」「...ミッカ」と続くやりとりは、「キュウニチ?」「ココノカ」まで続いた。

彼は日本語を勉強しているといった話もしてくれた。「ひらがな...」と呟いてまずまずの表情をし、「カタカナ...」と呟いて少し険しい表情をし、「漢字...」と呟くと両手を広げてお手上げポーズをして、最後に「ムズカシイ」と茶目っ気たっぷりに弱音を吐いた。

そこからは、京都だけでなく大阪や東京も行ったと話してくれたので、意を決して僕は拙い英語力を駆使して聞いてみた。

「Which do you like Kyoto,or Osaka,or Tokyo?」

多分文法的におかしいが、どうやら伝わったようで、「Kyoto」と即答していた。理由は「Traditional」だかららしい。また、京都では生花を体験したという話も生花よりもイキイキと語ってくれた。

彼は「So hot」と言い自分の事を手で仰ぎながら湯船から身体を起こした。すると、「Some time〜」と言った。よく聞き取れなかったけど、多分「少し中へ戻ってくる」と言って、室内へ戻って行った。

その後、僕も室内に戻り身体を洗っていると、どうやら彼の仲間らしき人物が入ってきた。
彼はその仲間と何かを話していた。

流石にここは僕が出る幕ではないと思ったし、それ以前に自分から輪に飛び込む勇気はなかった。風呂から出て一緒に写真でも撮れたら素敵だな、なんて出来もしない事を想像をしながら話しかけられるのを待つようにいつもよりゆっくりと身体を洗った。

しかし、彼はサウナに入ってしまった。

僕も彼女を待たせてしまうので早く出なければと思い、身体を拭きながらも、彼がサウナから出てくるのを待った。たくさん会話をした、僕にとって“ハジメテ”の相手に挨拶もなしで帰るのは流石に悲しいと思ったからだ。

彼がサウナから出てきて、軽くシャワーを浴びて再び仲間がいる湯船に足だけ使って腰掛けた。僕は未だ話しかける勇気はなく、ひたすらに目線を送ると、僕に気付き、「See you」と声をかけてくれた。僕も「See you」と返した。

きっともう二度と会えないであろう彼との時間は、思い返してみても夢みたいにフワフワした時間で、そう大きくないあの綺麗な浴場が、果てしなく広がる世界のように思えた。

彼はドイツ人と言っていたしソーセージみたいに大きなイチモツだったかな、なんて思い返してもみても出てこない。
きっと彼のイチモツを見れなかったのだろう。

何故なら僕達はあの日、あの場所の僕達は、友達を超えたブラザーだったのだから。お互い隣にいながら前を見て語り合ったのだから。心が通じ合ったのだから。
ブラザーのイチモツを見るのなんて小っ恥ずかしいもんな。

これから幾数年の時が経とうとも、彼の顔や姿形、声だって忘れてしまったとしても、彼の心と通じ合ったあの時間を僕は忘れない。

次会える時は天国かな。

また、全裸で語り合おうや、ブラザー。

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