ある小説家の話

「もうすぐ完成!もうすぐ完成!あとちょっとだから、頑張れ私!!!」
暗闇に光るノートパソコンの画面を睨みながら、女は小説を書いていた。ブルーライトのせいで、目が冴えてしまい、半ば興奮気味でキーボードを叩いた。
女はここ数日、殆ど寝ずに小説を書いていた。寝たとしても机にうつ伏せか、先日なけなしの金で購入した程よい硬さの椅子に寄り掛かって寝ていたため、それほどしっかりとは寝ていなかった。
それから、小説を書き上げるため、家を出ないですむようカップラーメンと栄養補給のゼリーを買っていたのだが、椅子から動くのが時間の無駄のように思えて、ゼリーだけを飲んでいた。

椅子の周りには空のペットボトルが転がっていた。

誰に会うわけでもないからと、ここ数日はシャワーも浴びていない。本当に椅子から動いていなかった。不思議なのはここ数日でトイレに行かずに済んだこと。意識が朦朧としている女にはどうでもいいことだった。
時々、太ももと足の裏辺りがむず痒かったが、特に気にも止めていなかった。あと少しで小説を書き上げる女にとっては、本当にどうでもいいことだった。とにかく、女は締め切りまでに小説を描き上げなくてはならなかった。

「いい感じだわぁ。我ながら面白い結末かも。」
そんな独り言をぶつぶつと言いながら、女はひたすらキーボードを叩いた。相変わらず太ももと足の裏当たりはムズムズしたままだった。

それから数時間キーボードを叩き、ようやく小説の完成を迎えた。ふと気づくと、机の周りには枯葉が落ちていた。
「窓も開けてないのに何でこんなところに落ち葉・・・?」
女はとりあえず窓の方向を見たのだが、窓は閉まったまま。そして、床を見て驚いた。自分の足が床にくっついて離れなかったのだ。足だけではなく、尻も椅子から離れなかった。
「何...コレ?根を...はっている...の?」
女はここ数日、まともに寝ていなかったこともあり、朦朧とする意識の中、
「あぁ、何だ、これは夢なのか。」
と思ったところで意識を失った。

それからどれくらい時間が経ったのか、玄関の呼び鈴が鳴った。「どうせ誰も来ないし、来るのは小説の担当さんだけだから」と女は鍵を開けっぱなしにしていたため、その「担当さん」が慣れたように部屋に上がってきた。

「先生〜、いつもの通り、ご指定の日時で伺いましたよ〜。」

その担当者の男がいつもの奥の部屋のドアを開けると、そこには部屋いっぱいに成長している木が生えていた。

パソコンのブルーライトは、相変わらず煌々と光っていた。

蠍凛子

「表現・創造すること」は人間に与えられた一番の癒しだと思っています。「詩」は、私の広い世界の中のほんの一部分です。人生には限りがある。是非あなたの形で表現してみてください。新しい世界に出会えます。