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佐倉ミルフレッド。続柄:姉。種族:猫。【あましょくのかけら#1】

「写真整理してたら、昔の日記見つけちゃって。
『実家で猫を飼い始めた』とか書いてあるのよ。
『名前は、佐倉ミルフレッド。』とか」

と笑う母。

待って、佐倉ミルフレッドって誰?


ミルちゃんと呼ばれた彼女

ミル。
母方の実家で飼っていた猫は、そう呼ばれていた。
つやっとした縞猫。性別はメス。

ミルは、母やその兄弟が全員巣立った後
実家で飼われるようになった、もと野良猫。
そのうち、母の実家の、末娘のようなポジションを手に入れ
両親の愛情を一人占め、ならぬ一匹占めしていたという。

私も母の実家に帰省した時には、
ミルちゃんミルちゃん、とよく遊んでいた。
私が猫派である理由は、そこから来ているのではないか。

彼女はもうだいぶ前に星になったけれど、
彼女の名字が、母の旧姓ではなく「佐倉」だったこと、
彼女の本名が、「ミル」ではなく「ミルフレッド」だったことは
私にとって初耳だったし、衝撃だった。


長女、佐倉 ミルフレッド

「ミルちゃんに名字つけるとしても、
お母さんの実家に住んでるなら、母さんの旧姓なんじゃないの?」

「いや、『佐倉』ミルフレッドよ」

母はそう言って、彼女が『佐倉』家の猫である所以を説明してくれた。
もともとミルを拾ったのは、たまたま実家に帰省していた母だったという。
実家の両親に、「飼えないか」と頼み込んだところ、
答えは「うち(母実家)では飼えない」。

しかし母はめげない。
そのとき既に既婚だった彼女、使った理屈が

「この猫は『うち(つまり佐倉家)の子』、ということにしてほしい」

だから佐倉なのよ、と言う母。

いや待て、それでは……
生まれてこのかた、佐倉家の長子はこの私だと思っていたが、

実は長女は猫のミルフレッド、
私は次女だったらしい。


ミルフレッドとヴィクトリア

ちなみに「ミルフレッド」も母の命名。
ミルフレッド、通称ミル。
英文学科卒の母らしいネーミングセンスだ。

そういえば、彼女が長年大事にしているテディベアは、
ヴィクトリア、通称ヴィッキー。
軽率に「クマ」とか呼ぶと怒られる。

やや海外かぶれなのか?と思ってしまう命名だが、
母の名誉のため言い添えておくと、
佐倉家第一子は「ミルフレッド」だが、
第二子たる私の名前は、漢字二文字。
第三子たる弟の名前も、漢字一文字。
わりとネーミングセンスは良い方なのではないか。と思う。


猫vs新生児~姉妹のすれ違い~

ミル、もといミルフレッドが私の姉。
という話は、前々からあったのだった。

母は、ミルの暮らす実家に里帰りして
血のつながった娘である、私を産んだ。

入院、出産ののち、
しばらくぶりに家に戻ってきた母の膝、
またそれまでずっとミルの領地だった、祖母の膝は
新たにやってきた、ニンゲンの子供に占領されるようになった。

それをよく思わなかったミルは、
自分の定位置を占領してばかりの新参者に、
憮然とした態度で抵抗した、という。

当の新参者の側ながら、彼女がどんな抵抗を示したのか
よく知らないのだが、
新生児にちょっかいを出す猫は、私と母が自宅に帰るまでの間
ふすまの向こうに隔離されるようになったらしい。

まだニンゲンの子供が寝室に引っ込んでいる早朝、
これまでの自分の定位置だったソファに乗り、
悲しげに窓の外を見つめるミルの後ろ姿
の写真を見たことがある。

「姉として権威をふりかざそうとするものの、
追っ払われてばかり。かわいそうに」
アルバムのキャプションには、そう書かれていた。

そうか、ミルちゃんは私のお姉ちゃんだったんだな。
新生児だったとはいえ、悪いことしたかもな……

やがて弟が生まれた件のニンゲンから、
そう同情されているとは、彼女は夢にも思うまい。

とはいえ、ミルちゃんが本当に佐倉家の一番上の娘だとは、
私も夢にも思わなかった。


私が小学校に入るころ、猫アレルギーを発症したため
あまり顔も見られないまま、天国へと旅立ってしまったミル。

同じ家の姉妹だ(とされていた)ということは、
姉が亡くなって数年経つまで、妹の方も気づいていなかったことになる。
それは姉妹として、ちょっと切ないかもしれない……

とは思うが、一方
姉の方、もといミルは絶対気づいていない。
多分、ミルにとって「妹」たるあましょく
は、
「昔、一時期、親や養親の膝を奪った無礼かつ迷惑な存在」あるいは、
「たまに顔見るけど、その後は自分の移動範囲が狭まる(猫アレルギーのための措置)、厄介な存在」
くらいにしか思っていないのではないだろうか。

とはいえ、妹はちゃーんと姉思いなので、
長姉のことを知った以上、きちんと覚えておこうと思う。

少なくとも、今近所に住んでいる、
姉と似た柄の縞猫さんは、姉同様にきちんと敬いたい。
見かけたら邪魔にならない程度で、挨拶をしようと思う。

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