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ネギニラソウのおもいで

「ネギニラソウ」
という草は存在しない。
おてんばなおさげ頭の小学生が、勝手につけた雑草の名です。

20年ごしに正式名称を知ったのが、つい昨日。


住宅街で育った私の、放課後の遊び場は、そこらへんの路地だった。
近所の男の子と自転車で走り回り、それに飽きたらチョークでアスファルトに落書きをする。
チョークがなければ、白っぽい石でもうっすら色がつく。それでケンケンパ用のマルやら、習いたての漢字やらを道路に大書きする。
それに飽きたらそこらへんの草や石でままごとをする。
バケツに水を入れ、土を入れ、雑草を浮かべたら「おみそしる」の出来上がり。

そんな雑草料理の調理過程で出会ったのが、ネギニラソウだった。

まっすく伸びていて、とてもちぎりやすい形。まるで1/4スケールの小ネギのようで、おままごとにはこの上なく適していた。
どこにでも生えているのも、高得点。

千切るとまるでニラのような香りがするので、私たちはその雑草を「ネギニラソウ」と呼び始めた。


あるとき、ネギニラソウの先に、1つだけ白い花が咲いていた。
6つある花びらは、まるで星のようにすっと開いていて、とてもきれいな形だった。
私にとって、最初の「好きな花」だった。

しかしネギニラソウは山ほど生えているのに、花は1つだけだった。なぜなのか。

友達のお母さんが「千切らないと花が咲くのかもね」と言っていたので、そこから私の葛藤の日々が始まった。
ネギニラソウを千切って使うか。
はたまた、きれいな花のために1年間待つか。



ところが、ネギニラソウの花の季節がまた来る前に、そんな悩みは消えてしまった。

私もだんだんと大きくなり、一緒に遊んでいた子も幼稚園に入り、小学校に入る。だんだん我々は、おままごとなんてしなくなった。

そしてそれを見計らうかのように、ネギニラソウが咲いていた土の部分はコンクリートで埋められた。
アリが出たりミミズが出たりするのがよくないらしい。

数年たつと、そこは側溝になった。
確かに雨の日、スニーカーなんか履いて家を出ようものなら家の前で即浸水、ということはなくなった。それはありがたいのだが、ネギニラソウの純白の花は、いくら待っても見られなくなってしまった。
内心、ちぇっ、と思いながら、何回かネギニラソウの季節を過ごした。


私の住んでいた住宅街は年々、畑をつぶしては家を建て、藪を刈っては家を建て、と着々と広がっていった。遂に家の近くの畑がなくなったか、という頃、私はその街を離れた。


そして、これは昨日の話。

新しく移り住んだ街は、やはりこちゃこちゃした街だが、住宅街のど真ん中に小川が流れている。
その川のへりに、咲いていたのである。

ネギニラソウ、本名は――

やや色は青いが、ネギニラソウ。

この絵に描いたような花の形。
見紛うことなき、小ネギかニラか、という草。
そこにはたくさんのネギニラソウが咲いていた。

……ここまで「ネギニラソウ」「ネギニラソウ」と呼んできたが、いいかげんキミを本名で呼ぶか。
そう思って、文明の利器スマートフォンを取り出す。

「草 ニラの香り」で検索すると、トップに出てきたのは

「ハナニラ」

だいたい合ってた……!!!


茎を千切るまでもなく、あの懐かしいニラの香りを思い出した。ぷつっぷつっという感触、土っぽい匂い、だんだんと暗くなっていく空。
このネギニラソウの色は、「そろそろ帰りなさい!」と親に呼ばれる頃の、空の色だった。

もうネギニラソウのおみそしるは一生作るまい。
しかし、今度ニラのかき玉汁でも作るか。いっそレバニラとかいいかもしれない。
などと、考える歳になったものだ。




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