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たくましき生活の美 小伊津町フリースタイル

初めて来た漁村、その自治会館の台所。
夫が刺身をつくり、私はあら汁の味噌をといている。
…この巻き込まれ具合、最高だ。

ここは島根県出雲市にある漁村集落「小伊津町」。

三年ほど連載の編集をさせていただいた縁で、
冨永祥子研究室の集落調査に少しだけ参加させてもらう機に恵まれた。

この日はまず集落を歩いてみる日。
一番低い漁港から複雑な街路を上っていく。

「東京にはこんなところないでしょう?」

と、通りかかったおばあちゃん。

「家の中も階段だらけ」と中を見せてくれ、
「トイレに行くにも階段を降りなくてはいけない」
そう言いながらスタスタと、階段に親しんでいるからか健脚だ。

まわりこんだ家の裏側の窓はまるでドアのような高さにあり、
ここから物を出し入れしていた。

「いろいろ工夫しながら、ね」と。

ここには「平」という概念がないように感じる。
それは文字通りの平らな土地という意味でもあるし、
平均という意味でもある。

こうしなくてはいけないという縛りがなく、
それぞれが自分の感性や使い勝手に合わせて、
生活を、生活の場である家やその周辺を思いおもいにつくっている。

その力強さに圧倒され、かと思うとおおらかさに和まされる。

概念的な「まちづくり」ではなく、物理的な「町造り」だ!
と感じた。

言葉では魅力が伝わりづらいので、歩いている気分で写真を並べてみる。

セルフメードな生活

ここは家のラインまでが昔は浜辺だったらしい。
かさ上げの隙間に小屋があったり、かさ上げの上に小屋があったり、庭になっていたり、それぞれのいい塩梅に設えてある。

必要なところに階段ができ、坂道ができ、通り道ができる。
濡れたくない場所には屋根がかかる。
直感的で臨機応変。

小伊津町のアマダイは全国的なブランド魚になっている。
漁に使われるはえ縄がそこここに干されていた。
外周部分にひっかけてある針にひとつひとつエサをつけていくらしい。
丁寧な漁だ。

町内には食堂がなく、食べることができないのが残念。

松江の夜、居酒屋のカウンターで、
「アマダイ塩焼き」の短冊を見かけ、思わず注文した。
身がふわっふわで甘みがあり、
小伊津の海を思い出しながら食べた。
(ただ、小伊津産かどうかは定かでない)

まちまちな家の向きによる三角スペースが遊びを生んでいる。

ひとつとして同じ階段も道もない。

一歩足を踏み入れると、足元がぐにゃりと歪むような感覚を覚え、
複雑な段差を上り下りするうちに、すっかり魅了されてしまう。

上へ上へ

小伊津の町並みはそんなに古くは見えない。

1970年代頃に建設ブームがあったそうで、多くは建て替えられ、
1階を鉄筋コンクリート造として、2階3階建てへと上に伸びていった。※

その高さのある住居によって、中のような外のような不思議な風情が生まれている。
軒や庇、屋根が折り重なり、昼間から暗い道には街路灯がつく。
突然、時間を超えたように錯覚する。

隣家との兼ね合いでアドリブ的に形を変えている部分も見える。

1963年には大規模な火災被害にあい、消失した部分に
翌年、この町唯一の集合住宅である「小伊津市営アパート」が建てられた。

海側の道路からは最上階にアプローチできる通路があり、
これもアドリブ的で面白い。

今は使われていない水路や、水路の上にかかるプチ橋など、
土木的な構造物も風景に溶け込んでいる。

かさ上げなどによって生まれたちょっとしたスペースは庭になっていたり、
屋根の上にイスと机が置かれていたり、窓から足を投げ出して涼んだり、
お気に入りの場所、過ごし方がフリースタイルに展開している。

景観ってなんだろう。

整いすぎた町並みは、はみ出すことを拒むようで息苦しい。

私は不均一なこの町で、寛いだ気分でふかーく呼吸している。

自分らしくを許容する、懐の広い狭い路地は歩くほどに親密だ。

ここにはたくましい生活の美しさがある。

「自分の生活」をお持ちですか? そう問われているようだ。

さて、冒頭で私たちが調理した魚は、
自治会長さんが釣り上げたユメカサゴとレンコダイ!

「捌けるなら食べていいよー」と。

自治会のみなさんと学生さんたちとみんなで美味しくいただいた。
遅いお盆休みのような思い出をありがとうございます。

とってもフレンドリーな小伊津町、まずは訪れてみてほしい。

少しでも魅力、伝えられたかな。

〈島根県出雲市小伊津町へのアクセス〉
一畑電車北松江線雲州平田駅から生活バスで約20分
松江から車で40分ほど
(食事処、宿泊所は今のところありません)

※参照 『建築ジャーナル』2019年8月号 冨永祥子「日本の集空間」
    継承と更新を地でいく 島根県出雲市「小伊津町集落」【前編】
    【後編】は同誌11月号に掲載予定

写真は許可をいただき、撮影・掲載しています。
転載はご遠慮ください。



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