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【読書】シェイクスピア『お気に召すまま』 Que se cache-t-il derrière la forêt ??? 付 宮澤賢治『狼森と笊森、盗森』 問いのメモ 

アーデンの森は愉快なアジール

『アジール、アサイラム(独: Asyl、仏: asile、英: asylum)
歴史的・社会的な概念で、「聖域」「自由領域」「避難所」「無縁所」などとも呼ばれる特殊なエリアのことを意味する。 ギリシア語の「ἄσυλον(侵すことのできない、神聖な場所の意)」を語源とする。

wikipedia

 シェイクスピアの戯曲『As you like お気に召すまま』。ざっくり喜劇に分類されている恋愛中心のロマンティックな作品です。
 私は蜷川幸雄演出、小栗旬・成宮寛貴主演のオールメール(全員男性、シェイクスピアの時代は、日本の歌舞伎と一緒)の舞台のDVDを所有しています。
 小栗君(オーランドー役)の初々しい演技! 成宮君(ロザリンド役)のドレス姿の美しいこと。(成宮君は諸般の事情で芸能界を引退してしまいました。残念。)

あらすじ

 舞台は作者の故郷ストラトフォード=アポン=エイヴォンの森をイメージした、アーデンの森。
 父公爵を叔父(父の弟)に追放され、けれど自分は追放とはならず、従妹のシーリアのおあいてさんとして、叔父のもとにある前公爵の娘ロザリンド。
 一方、ド・ボイス家の三男オーランドーは、父の遺産を相続した長兄オリヴァーによって下男のような過酷な生活を課されている。
 公爵主催のレスリング大会で優勝したオーランドーはロザリンドに出会い、2人は互いに一目惚れする。
 その後公爵から突然の追放を言い渡されたロザリンドは、男装してシーリアと道化を連れ、追放された父が暮らしているというアーデンの森へ向かう。オーランドーもまた、自らの運命を切り開くために兄の元を離れ、行き着いたアーデンの森で前公爵に助けられる。

 オーランドーは自分の恋する女性とも知らず、森の中で男装のロザリンドとめぐり合い、そして…。

男装のロザリンド

 その後、オーランドーの片思い相談、羊飼いたちの恋愛騒動などを経て、最終的にはあちこちまるくおさまり、どなたもこなたもハッピーエンディングを迎える、(まあ、都合がいいといえばそうなのですが)なんともにぎやかでかわいらしいお話です。(えーっと、最終的に出来上がるカップルは4組だったかな??  シェイクスピアにはよくある。)

読みどころ


 特に読みどころ、というか、舞台上での楽しみは、青年オーランド―が、それとは知らず、森で出会ったギャニミード(男装のロザリンド)に恋の相談をもちかけ、相談にのってもらうシーンです。男の成宮君が女のロザリンドを演じ、さらにそのロザリンドが自分に恋心を抱く男の前で男のふりをしているのです。

ロザリンド
  恋は狂気にすぎない、だから恋する者は狂人とおなじように暗い部屋に閉じ込めて鞭をくれてやるのが一番です。 そういう荒療治がなぜ行われないかと言うと、恋の狂気があまりにも広まって、鞭をふるう人まで恋に落ちるようになったから。だけど僕が専門にしている治療法はカウンセリングです。
オーランドー
 それで誰かを治したことがあるの?
ロザリンド
 ええ、一人、 こんなふうにしたんです。その男には 僕を相手の女、つまり恋人に見立ててもらい、毎日僕を口説かせた。それに対して僕は、何しろ根が気まぐれだから、悲しんだり、 なよなよしたり、お天気屋になったり、うっとりした目で愛想よくしたり、お高くとまったり、移り気になったり、馬鹿なふりを したり、軽薄になったり、不実になったり、泣き顔になったり、 笑顔になったりして見せた。つまりありとあらゆる感情を小出しにする、だけどどの感情も本物じゃないってわけです。
(中略)
  こんな具合にその男を治してやったんです。
 同じ手を使ってあなたの恋の源である肝臓を健康な羊の心臓みた いにきれいに洗っちゃいましょう、そうすれば恋のしみなんか一 点も残りませんよ。
オーランドー
 治してほしくなくなったな。 ☜ここ、笑うとこ!!
ロザリンド
 治してあげますよ、僕をロザリンドと呼んで、毎日 僕の小屋に来て口説いてくれれば。
オーランドー
 じゃあ、僕の恋の真心に懸けて、やってみよう。 道順を教えてくれるかな。
ロザリンド
  一緒にいらっしゃい、案内しましょう。道々あなたもこの森のどこにお住まいか教えてください。 行きましょうか?
オーランドー
  喜んでついて行くよ、坊ちゃん。
ロザリンド
 だめだなあ、「ロザリンド」って呼ばなきゃ。 さあ、妹、行くよ。
 ☝ここ、かわいいとこ! 女性役を演じる男性俳優が男装をして、好きな人の相談に乗ってあげる体(てい)で、好きが駄々洩れしているとこ。

『お気に召すまま』シェイクスピア全集 15 松岡和子訳  ちくま文庫

 ロザリンドもオーランドーに恋をしているのですが、男のふりをして、そして恋のカウンセラーとなりきって、オーランドーの恋心を確かめる算段です。アドヴァンテージをとるロザリンドではありますが、自分の恋心の本音もあちこちで漏れるところがかわいい。
 このあと、ギャニミード(男装のロザリンド)は、ロザリンドに扮して(本人が本人に扮して!!)、オーランドーにプロポーズの指南をし、「ロザリンド、あなたを妻とします」と言わせます。

 シェイクスピアのお芝居は、ジェンダーが複雑に転倒、交錯することが多いのですが、この作品もしかり。そして、それが、滑稽味や平和な愉快さを醸しています。
 だいたい、この「アーデンの森」という「アジール=避難所」自体が、世俗の権力のくびき・しがらみを解かれた場所であり、権力だけでなく、性とジェンダーのくびきからも自由な場所となっているのでしょう。そういえば『真夏の世の夢』もライサンダーとハーミアが逃げた先は「森」でした。そこではじまるのは媚薬が引き起こす恋のスラップ・スティック。一度、さまざまな関係や役割が解除されてしまうのです。
 
 さて、「アジール」の文脈からは逸れますが、上記のような恋の狂騒曲の中に、しみじみする台詞も出て来るのでご紹介。
 ロザリンドたちについてきた道化のタッチスト―ンと羊飼いのコリンのことばの応酬の中で、コリンが口にする言葉です。

コリン
俺は正真正銘の働き者だ。 食うもんは自分で稼ぐ、着るもんも自分で手に入れる、人の恨みは買わねえ、誰の幸せだってうらやましいとは思わねえ、他人の喜びは俺の喜びだ、自分の不幸は甘んじて受け入れる、俺の一番の自慢は雌羊が草を食い子羊が乳を吸うのを見ることだ。
Corin
 Sir, I am a true labourer: I earn that I eat, get that I wear, owe no man hate, envy no man’s happiness, glad of other men’s good, content with my harm, and the greatest of my pride is to see my ewes graze and my lambs suck.

 先日まで、奥泉光の『グランド・ミステリー』(第二次世界大戦、真珠湾攻撃からはじまる、時間軸が複数ある物語。)という分厚いメタ・ミステリーを読んでいたのですが、この小説の中で、とてもよい薫りのスパイスとして効いているのが、この、羊飼いの言葉だったのです。なんだろう、誠実に等身大で日々を大切に生きている人間の息遣いというか、血の温みというか、そういうものを感じて感動さえ覚える台詞ではありませんか? やっぱり 沙翁は偉大です。

狼森と笊森、盗森 問いのメモ

 さて、これはおまけですが、「森」テーマの文章、ということで初めは宮澤賢治で書こうと思っていたのです。いろいろ思案していたのですが、どうもまとまらず…。とりあえず、考えたことの断片をここに載せておきます。

語るのは石。まず自然は「名前」をもたない状態で存在する。「名前」をつけられることは人間の観念の中に取り込まれることか。自然の囲い込み。

人間の入植。自然に許可を得る形をとる。入植者(共同体)の拡大。生産の拡大。

子どもの消失。子どもとは何か。
子どもはもともと共同体の外部(異人・他者)ではないか。
それを外部(狼森)から取りもどすことはコミュニティの成員として迎え入れる通過儀礼か。子どもはその後コミュニテイの生産・生殖に寄与する存在となる。

狼への自発的な返礼。自然・他種への畏敬の念。

道具とは何か。身体の外部化されたもの。笊森の山男から取り返すことで、道具は所有を保障され生産に寄与するものとなる。山男は何者か。

この物語の中で盗人は、どのようなポジションか。何者か。はじかれた(外部化された)コミュニティの成員か。

黒坂森とは何か。他の森との関係。黒坂森は「死」や「死者」と関係があるか。


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