ずっこけ日舞初披露の巻



完全に息詰まってしまった日舞のお稽古を中断し、数ヶ月になる。
しかしその期間に、なぜか日舞を披露してほしいと、職場で声がかかる。

一度目は息子のインフルエンザにより、流れた。二度目は、三日前くらいに急に声がかかって、急いで稽古する。

ちなみに日舞をお稽古場以外で披露するのは初めてである。
というか、習い始めて一年未満で、しかも稽古サボってる身で、よく踊れますと軽く引き受けたものだ。
人生で度々こういう「やったことないけど頼まれる」ことがあるのだが、大体「頼まれるということは、この人は出来そうだ思ってくれてるから、たぶん、出来ないはずは無い」と思って、軽く引き受けてしまう。
出来てるかどうかは別の話だ。

付け焼き刃的な稽古をして、いざ当日。
職場はサービス付き高齢者向け住宅だ。サービスを利用されてる方、入居だけの方、様々な方が暮らしている。
季節毎にレクリエーションを開催し、3月はひな祭りということで、ここはひとつ、日舞はどうでしょうか?的な声がかかったのである。

普段の業務を終えて、浴衣に着替え、準備する。
フロアに降りると、皆一同大いに喜んでくれる。浴衣を着ただけで、この歓迎っぷり。もう踊らなくてもいいんじゃないかとさえ思ったが、もう後には引けない。
日舞のお稽古の音はテープである。自らラジカセを持参し(この時代にテープつきのラジカセは化石に近い)いそいそとセッティングする。
司会の挨拶の後、自らスイッチをぽちっと押して、すり足で進みながら踊りがスタート。
するとエレベーターから利用者の方が降りてこられ、歩行器を押しながら「え〜〜もう始まってんのかいなあ〜〜」と、わたしの目の前を抜群にかぶりながら横切り、主役級の登場で一同大爆笑。まさにずっこけ初披露にふさわしいオープニングである。
結構緊張するんかなと思いながら、馴染みの方達ばかりだし、何なら下の世話や入浴介助で全てを知り尽くす関係なので、緊張するはずがない。
大きな優しい拍手と共に、和やかに披露は終わった。
ただ踊っただけなのに、こんなに人に喜ばれるなんて、貴重な経験だ。
みんなが笑顔だった。いい空気だった。
その後みんなで桜餅を食べながら談笑する中、ある方に「さっきの踊り、どうでした?」と聞くと、真顔で「何が?」と返されたり、踊った後なのに「今から踊ってくれるの?」と言われたり、もうこれは介護あるある。
笑い飛ばしてネタに昇華させるしかない。
そういうわけでずっこけ初披露は笑いと共に包まれ終演したのであった。


予てから、普通の人が実は意外な芸を持ってる、というようなことに憧れを抱いている。沖縄の商店街の普通のおばちゃんが、カチャーシーを踊り出して、それが抜群にうまいという映像を見たときに、強烈に「めっちゃええやん!」と心惹かれたのである。

何でもない日常を送りながら、実は芸を持っている普通の人が、粋でかっこいい。
その為には、まだあと何十年も芸を磨かなければいけないと、先日の踊りの動画を見て思ったことは事実である。








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