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創作童話『評判の良いお医者様』

緑が生い茂る季節のことでした。
町に新しいお医者様がやってきて、小さなクリニックを開きました。
なんでも、このお医者様はどんな体の不調も治してしまう名医だと言います。


町には、コタロウという青年が住んでおりました。
コタロウは、幾日か前から鼻水が止まらず困っていました。
お医者様の話を耳にしたコタロウは、明日、さっそくクリニックへ行ってみようと、その日は早く眠りました。 



翌日、コタロウは診察が始まるずいぶん前にクリニックへ向かいました。
しかし、すでにお医者様のウワサは広がっていて、町中から人が集まり、クリニックの前には長い長い行列ができていました。
「うわぁ。こりゃあ相当待たされるぞ」


クリニックの受付には、綺麗な髪をお団子にまとめた看護師さんがいました。
「2時間後にお戻りください」
看護師さんはそう言って、コタロウに番号札を渡しました。
「54番だって!?」
「順番にご案内します。2時間後にお戻りください」
看護師さんは目も合わせずに言うと、次の人に声をかけました。


さて、2時間もどうしたものか。
コタロウは町をウロウロしました。
そうしている間にも、鼻水はたらたらと垂れてくるので、しょっちゅう鼻をかまなくてはなりませんでした。
本屋に行こうか、と思いましたが、立ち読みの本に鼻水が垂れてしまっては大変です。
これは却下となりました。
そしたら、あたたかいコーヒーでも飲みに行こうか、と思いましたが、湯気で鼻水が余計に出てくる気がします。
これも却下となりました。


コタロウは仕方なくコンビニで箱ティッシュを買うと、町の外れにある小川に向かいました。
「ここなら誰にも見られることはないだろう」
爽やかな青年が鼻垂れ小僧では、目も当てられません。
コタロウは小川のほとりにあるベンチに座り、景色を眺めたり鼻をかんだりして時間を潰しました。


「そろそろ戻るかな」
クリニックに行ってみると、51番が呼ばれているところでした。
コタロウは、待合室の椅子に腰掛け、飾ってある雑誌の表紙を眺めるなどしました。
「これで、鬱陶しい鼻水ともおさらばだ」


しかし53番が呼ばれたところで、コタロウは突然、猛烈にトイレに行きたくなってしまいました。
トイレに駆け込み、用を足して急いで待合室に戻ると、コタロウは飛ばされて55番が診察室に入っていきました。
「すみません、僕、54番です」
コタロウは看護師さんに番号札を差し出しました。
「次にお呼びしますので、かけてお待ちください」
看護師さんは、また目も合わせずに、テキパキと書類を整理しながら言いました。


コタロウはまた椅子に腰掛け、呼ばれるのを待ちました。
用を足して清々しい気分でしたが、垂れてくる鼻水との戦いは終わっていませんでした。
呼ばれるまでの数分が、コタロウには永遠のように感じられました。


「54番の方、お入りください」
とうとうコタロウの順番が回ってきました。
診察室に入ると、分厚いメガネをかけた青年がパソコンをカタカタといじっています。
「失礼します」
「はい、こんにちは」
コタロウと同じくらいの年齢でしょうか。
挨拶したその声は少しぶっきらぼうでした。


「今日はどうされました?」
「何日も鼻水が止まらなくて」
お医者様はふむ、と言ってじっと顔を見たかと思うと、ツンとコタロウの鼻をつまみました。
「分かりました。お薬を出しておきます」
コタロウは面食らいました。
え?今ので終わり?2時間も待ったのに?
鼻の中を見たり、他の症状を聞いたりするもんじゃないのか?
そういや、僕は問診票も書いてないじゃないか。
困惑するコタロウをよそに、お医者様は
「お大事に」
とだけ言って、またパソコンをカタカタと打ちはじめました。


お医者様のくれた薬は、全く効きませんでした。
コタロウは、町でも有名な鼻垂れ小僧になってしまいました。
お医者様はというと、ひと月もしないうちにクリニックを畳み、どこか他の町へ行ってしまいました。
見てもらった人の中に良くなった人はほとんどおらず、ヤブ医者だという話が広まったのです。


一体、誰が彼を名医だなんて言い出したんだ、とぼやく者もいましたが、誰もお医者様の話の出どころを知りませんでした。
ウワサというのは、そんなものです。



おしまい

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