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子どもの頃の不思議な記憶「歩道橋の魔術師」

ネットサーフィンしていたら「TAIWAN BOOKS 台湾好書」という日本語で読める台湾の本を紹介する小冊子を見つけた。(以下リンクからpdfファイルが無料でダウンロードできます。)

その中で惹かれた一冊が呉明益さんの「自転車泥棒」だった。けれど「初めて読む作家さんだし、いきなり長編小説は手をつけづらいな」と思って、合わせて紹介されていた短編集「歩道橋の魔術師」を読むことにした。これがすごく好みの作風と文体だった。

「歩道橋の魔術師」の舞台は、かつて台北にあった商店街と集合住宅が一体化したような建物である「中華商場」だ。もし場所が主人公になることがあるなら、小さな店が雑多に連なる商店街とそれを繋ぐ歩道橋が本作品の主人公だろう。短編は全部で10編あり、商場で子ども時代を過ごした人々が当時の記憶を辿って語る。表題作は歩道橋でマジックの道具を売る胡散臭い手品師(自称魔術師)についての記憶を巡るお話。

どれも記憶と幻想が混ざり合った「これが現実のはずがない」と思うような話だ。でもどんな人にも「本当に起きたのか、ただの夢だったのかわからない子供時代の記憶」ってある。あとは、なんてことのない日常の出来事なのに妙に細かいところまで覚えていることとか。

記憶の中の、今思えば辻褄があわないなぁと不思議に思う曖昧な部分と、どうしてこんなことをはっきり思い出せるんだろうって部分とを絶妙に織り合わせてあるので、知らない場所/時代の物語なのにまるで自分が子どもの頃の記憶のような気がしてくる。簡潔な文体が読みやすく美しい。今すぐ台北に行ってみたくなる。

中国語は初心者だけど、原文が気になって原作も買ってしまった。邦訳版と照らし合わせて読むと、訳者の天野健太郎さんの緻密な仕事ぶりが感じられる。当時の台湾での生活や文化を知らない人が読んでも、不思議と懐かしさが感じられるのは訳文のお陰だろう。翻訳もまたそれだけで別種の芸術だと思った。

残念ながら天野さんは2018年に亡くなられている。最後の作品が「自転車泥棒」とのこと。リンクの記事では作家と翻訳家の信頼関係、それぞれの仕事への矜持を感じた。

こういう素敵な作品に出会うと、原文で読めないことをもどかしく感じると同時に、邦訳して出版してくださった方々への感謝の気持ちでいっぱいになる。「自転車泥棒」も読むのがすごく楽しみだ。

呉明益さんの他の作品も今年中に邦訳刊行されるものがあるようなので期待して待っている。

「歩道橋の魔術師」は今年台湾でドラマ化するみたいです。


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