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記事一覧

小説『ボールペン』

 目が痛い。
 ディスプレイの右下の時間表示を確認し、俺は深いため息をついた。23時13分だ。
 広い部屋の、ほとんどの照明が消されている。光っているのはこの辺りだけだ。顔を上げると、誰も居ないデスクの列が遠くまで延々と並んでいるように見え、気分がより一層重くなる。
「丸山君、終わりそう?」
俺のため息が聞こえたのか、隣の席の早瀬さんが声をかけてきた。
「はい。まあなんとか、って感じっすね」
「よ

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小説『ノート』後編

 次の日は、おおむね何も起こらない、平和な一日となった。
 ランチはいつものコンビニでいつものお弁当にしてしまったし、業務はほぼルーティーンの作業で終わった。別のチームにいるはるかとも会わなかった。
 うーむ。今日の日記は何を書こうかな。会社から駅までの道をとぼとぼ歩きながら、千代は少し悩んでいた。何もない日というのは幸せだ。しかし、早くも昨晩の決心に危機が訪れている。
 そのとき、上着のポケット

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小説『ノート』前編

 「ふう」
 今日の日記を書き終え、千代はひと息ついた。
 表紙が淡いピンク色の、A6サイズのリングノート。クリームがかった白のページに、千代のまるっこい字がきれいに整列している。
 千代の部屋の本棚のいちばん上の段には、これまで書いた日記が並んでいる。大きさも、色も、厚さも、綴じ方も、様々なノートが十数冊。千代がその都度「かわいい!」と感じたものを採用しているから、不揃いなのだ。
 千代は使い始

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小説『インク』

 もう一文字も進めなくなってから、どれだけの時間が過ぎただろうか。ああでもない、こうでもない、と頭の中で役に立たない理屈を捏ね回し、来る日も来る日も無駄にしてきた。
 僕は小説家だ。初めて書いた作品で有名な賞を取り、有頂天になっていたのも、もう過去のことである。今や、少しの創意もない。抜け殻になった気分だ。最近は、全て投げ出して楽になりたいと繰り返し思うようになった。ひどいときは、あらゆる思考の結

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小説『あの子の瞳』

 僕は、同じクラスのSさんを眺めるのが好きだ。しかし、近頃学校で彼女の姿を見ない。何かあったのだろうか。クラスの人たちも、Sさんの近況について知らないようだ。担任の先生に尋ねてみても、困った顔をされただけだった。
 教室の後ろのドアの近くにSさんの席がある。僕は心配で、今日も一日中彼女のいない机を眺めて過ごした。
 いつものように、放課後はすぐ学校を出た。以前一度だけSさんを見たことのある書店に寄

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