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The First Adventure 3

 振り返る余裕もないが、後ろからは、アンの雄叫びと、魔物たちの断末魔が聞こえる。
 怖かった。
 だが、その一方で、フィーアもテオも、心の高鳴りを抑えられなかった。

 言われた通り、家の影に入ると、黒いポーションを飲み干す。
 ほどなく二人の姿が消え、気配すら感じられなくなる。

 どれくらいの時間が経っただろう。
 長いようにも、あっという間にも感じられた。
 魔物たちの断末魔が間遠になり、フィーアとテオの姿が現れた。
 顔を見合わせても、二人とも言葉もない。
 静かな時間が続く。

「……フィーアー! ……テーオー!」

 遠くからアンの声が聞こえ、フィーアとテオがビクッと立ち上がり、走り出す。

「師匠ー!」
「アン先生ー!」

 街道に出ると、沼地の方へ向けて、声を上げる。
 程なく透明なオスタードに乗ったアンが姿を現すと、軽やかにオスタードから飛び降り、二人に向かって駆け寄ってくる。

「怪我はないな?」
「ないです! 先生も?」

 三人ハイタッチをし合いながら、無事を確かめる。

「わたしひとりだったら、あれくらいの魔物、子犬にじゃれつかれてるみたいなものさ」
「さすが師匠! かっくいぃぃぃ!!」

 難関を突破した興奮から、ハイテンションで大口を叩くアンと素直に信じる子供たち。
 意気揚々とアンを称えながら街道を先に進む。

「この先にガードの詰所があるらしいんです。 そうしたら、そこから西へまっすぐ進めばいよいよ慈悲の神殿です!」

 フィーアがうれしそうに飛び跳ねながら言う。

「ちぇっー! 冒険ももうすぐ終わりなのかー」

 残念そうにテオが言うのをアンが笑う。

「これからアーティファクトを探さなきゃならないし、帰りにもまたあそこの沼地を通るんだからな。 まだ気を抜くなよ」

 そういうアンも、すっかりリラックスモードだ。
 歩きながら、フィーアの持っていたマフィンをかじる。

「あ! ガードの詰所!」

 フィーアとテオが頑丈な建物に向かって駆け出す。
 笑いながらあとを追いかけ、ふとこれから進む西の方に目を向けるとそこには荒涼たる砂漠が広がり、アンの背筋を冷や汗がたらりと流れ落ちた。

 無言になって、エセリアルオスタードに乗り込み、フィーアとテオのもとへ駆け寄る。

「中に入って待ってて。 先の様子を見てくるよ」

 踵を返して、砂漠へ向かう。
 フィーアの言葉通り、まっすぐ西へ向かう。
 さそりやへび、ハーピーが我が物顔で歩き回っているが、慈悲の神殿の周辺には少ないことを確認し、ガードの詰所へと戻った。
鉄の扉を開けると、フィーアとテオが飛びついてくる。

「どうだった?」
「神殿あった?」

 満足げな笑みを浮かべ、二人に頷いてみせる。

「沼地を抜けるよりはだいぶ楽できそうだよ」

 そして、慈悲の神殿へ向かうまでの作戦を授ける。
 とは言っても、魔物がいないところを選んで慎重に進む、魔物と戦うときは、一対一で、程度の簡単な作戦だ。
 それでも、今度は二人がメインで魔物と戦うとあって、二人は緊張と気合に顔を紅潮させている。

「では、行こう!」

 アンの号令で、詰所を出発する。
 今度はアンも徒歩で、二人と歩調を合わせ、進んでいく。
 モンバット相手には、攻撃を当てられずにいたテオも、度胸がついたのか、蛇やさそりを的確に倒していく。
 ハーピーには手こずるようだが、すかさずフィーアの魔法がフォローする。
 マジックアロー、ヒール、キュア。
 装備で能力が底上げされているとは言え、そのタイミングはなかなかのものだ。
 良い冒険者になりそうだと思いながら、二人では倒しきれない魔物の注意を引き寄せ、離れたところまで連れていくと、魔物の視界の先まで一気に走り抜け、魔物を置き去りにする。
 何度もそれを繰り返しているうちに一行の目の前にオアシスが現れた。

「フィーア! テオ! オアシスの中に神殿があるぞ!」

 アンの声に魔物と対峙したまま、進行方向に目を向ける二人の顔が輝き、魔物への攻撃スピードがアップする。
 次から次へと魔物を一掃しつつ、ついに三人は慈悲の神殿にたどり着いた。
 今のところ見える範囲に魔物の姿はない。

「二人ともお疲れ。 だけど、休んでる暇はないよ。 ここはまだ魔物の住処の真ん中だからね」

 二人は肩で息をしながらも、アンクの周りや草の影を探し始める。

「すぐに見つかるところにはないよね? じゃないと誰かにもう持って行かれてるだろうし……」

「土の中とか、この池の中はどうだ?」

 あぁでもない、こうでもない、と言い合う二人を見守りながら、神殿に怪しい場所がないか見て回るが、アンの目にも、何か細工したような形跡は見てとれなかった。
 フィーアはアンクや敷石に向かってマジックアントラップを唱え、テオは原始的手段に戻り、周りにたくさんの穴を掘り始めた。
 しかし、フィーアのマナが尽き、あたりが穴と土の山でいっぱいになっても、アーティファクトらしき物は見つからなかった。
 二人は疲れきり、近くに生えていたココヤシの木にどんっともたれかかる。

 と、その衝撃で、ココヤシの実が落ちてきてテオの頭に当たる。

「……っ! 痛ってぇぇぇ……」

 頭を抱えるテオを尻目に、フィーアは首を傾げながら、他の木を見上げている。

「アン先生、テオ、変だよ? 大きさはどれも同じくらいなのに、この木だけ実が生ってる!」

 ハッとして、アンとテオも周りの木々を確認する。
 神殿のあるオアシスの周囲には何本かの木が植えられているが、樹齢はあまり変わらなく見えるのに、確かに実がなっているのは一本だけだった。

 すぐにテオは木に登り、フィーアは木の根元を掘り始める。

「枝には何もなかった!」

 すーっと猿のように降りて来たテオは、報告するとすぐにフィーアと共に根元を掘り始める。
 それを見つけるまで、長くは時間を要さなかった。

「腕輪……? 赤い……」

 それは、細い腕くらいの太さの木の根に貫かれ、ピタリとはまっていた。

「これだ……!」

 長く地中に埋まっていたにも関わらず、ほとんど汚れることなく、赤い光を放って輝いている。

「この木には可哀想だけど、根っこを伐るしかないな」

 テオが手斧で根っこを落とすと、腕輪がポロっとこぼれ落ちた。
 フィーアがうやうやしく腕輪を手に取ると、アンに差し出す。

「アン先生、これは、高価なものですか? 姉の薬代になるでしょうか?」

 アンは赤い腕輪を手に取ると、じっくりと観察した。
 珍しいもの、アーティファクトであることは間違いないと思った。
 しかし、問題は効果。
 残念ながら、体力の増強と回復させる以外の効果はなさそうだった。
 今の冒険者たちに必要とされるとは思えない。

「わたしはあまりこの手の物に詳しくないんだ。 とりあえず街へ戻ろう」

 本当のことを言うことは出来ず、そう言って誤魔化した。
 フィーアの細い腕に赤い腕輪をはめると、魔法の力なのか、ピッタリのサイズになる。

「よし! じゃあ、帰るぞ!」

「「はーい!!」」

 ブリテインのゲートから出発し始めたときとは別人のように、フィーアもテオも良く戦い、帰路は問題なく進んでいった。
 沼地を通り抜ける際、アンがうっかり攻撃を連続で空振り、体力が尽きようにしたときには、フィーアからヒールが飛んできて、事なきを得たことまであった。

「街だ! ブリテインに戻って来たぞ!!」

 辺りはすっかり闇に包まれ、遠くに街の灯りが見えていた。
 疲れ果て、走ることも出来ず、俯いてトボトボ歩いていた二人の顔が、アンの言葉で上がる。
 二人の肩に手を添え、横並びになって街道を進む。

「アンさん!」

 馬に乗った黒髪の女性が遠くからアンを見つけ、近寄ってくる。

「ターニップ!」

 今朝、図書館でテオと顔を合わせたときのフィーアのように、ターニップの姿を見たアンの顔がホッと笑顔になる。

「心配してたんですよ! アンさんに子供の護衛なんて出来るんだろうかって! 自分の身を守るのだってままならないのに!」

「わあああああ!!」

 後半のセリフを阻止しようと大声を出しながら駆け寄り、口を塞ごうとするが、間に合わず、フィーアとテオは顔を見合わせる。

「ターニップ……せっかくかっこいい冒険者のお姉さんで終われそうだったのに……」

「大丈夫です。そんなことありえませんから!」

 ガクッとその場に崩れ落ちるアンとそれを見て笑顔になるフィーアとテオ。
 アンも笑いだし、辺りに笑い声が響き渡る。

「ターニップがここにいるってことは、エマは?」
「キャッツレアーでお待ちです」

 突然出て来た良く知った名前にフィーアとテオが顔を見合わせる。

「二人とも、キャッツレアーがゴールだよ!さぁ行こう!」

 ターニップも加えて、四人でブリテインの街を進んでいく。
 アンは、ターニップに今日一日の報告をしているようで、時々ボソボソっと何か言われては凹んでいる。
 フィーアとテオは、訳もわからず、顔を見合わせながら、ただついていくだけだった。
 そうこうしているうちに、ブリテインの西地区へ入り、キャッツレアーが見えてくる。

「フィーアさん、最初に中にお入りください。次はテオさんですね」

 フィーアは恐る恐る、キャッツレアーの扉を開いた。
 一歩二歩と中に進んだとき、一番手前のテーブルから聞き慣れた声に呼びかけられる。

「フィーア! テオ!」

 振り向くと、姉のエマが立ち上がり、二人の方へ駆けてくるところだった。
 そのすぐ後ろには、ホッとした表情の父と母、そしてテオの兄の姿もあった。

「二人とも! 怪我はない? 無事なのね? 大丈夫なのね?」

 エマが心配そうに二人の頬を撫で、怪我を確かめるように身体をさする。

「だ、大丈夫だよ、お姉ちゃん。 どうして? 帰りが遅いから迎えに来たの?」

 二人が無事なのを確認すると、ホッとした表情になって、フィーアをぎゅっと抱きしめる。

「マフィンが急にいっぱい減ってるし、フィーアが隠していた本もなくなっていたから、きっとアーティファクトを探しに行ったんだと思ったのよ。 バカね、お姉ちゃんにバレないとでも思ったの?」

 エマの言葉に、しゅんとする二人。

「お姉ちゃん……ごめんなさい……」

 エマは涙を潤ませながら、もう一度ギュッとフィーアを強く抱きしめる。

「アンさんにもちゃんとお礼しましょう。 ほとんど手がかりもないのにあなたたちを探して、こうして連れ帰ってくれて……」

「アン師匠……?」
「わたしたちを探した……?」

 エマの言葉に二人は目を丸くする。

「アンさん、あなた、ちゃんと説明してなかったんですか……」

 呆れたようなターニップの言葉に、アンは何でもないように答える。

「連れ帰ればいいだけだから、わざわざ説明する必要ないかなーって」

「ものは言い様ですね……」

 漫才するアンとターニップを尻目にフィーアとテオは、首を傾げている。
 アンは二人の頭をぐりぐりと撫でる。

「冒険は楽しかったか?」

 二人は大きく頷く。

「お姉ちゃんに、連れ帰るように頼まれたのでしょ? どうして、神殿まで連れていってくれたんですか?」

 フィーアの疑問にアンは微笑んで答える。

「連れ帰れ、ではなく、助けてって言われたからさ」

 アンの言葉にフィーアはアンに抱きつく。

「ありがとう、アン先生! アーティファクト見つけられて、すごくうれしい!」

 フィーアの言葉に、テオもエマも、みんなが笑顔になった。

「そうだ、腕輪、ターニップに見せてみよう」

 アンの言葉に、後ろに控えていたターニップがフィーアの腕輪を覗き込む。

「アーティファクトには間違いないですが……」

 顔を曇らせ、口ごもるターニップの言葉をアンがつなぐ。

「これはエマがつけるのが相応しいと思わないか?」

「あぁ、なるほど!」

 大きく頷くターニップ。

「お姉ちゃんに?」
「あぁ、そうすれば、今よりも健康になるし、今日みたいな無茶をしても心配なくなるよ」
「通称健康腕輪ですしね。 私もそれが一番だと思います」

 うれしそうに頷いてエマに駆け寄ると、腕輪を外してエマに差し出す。
 エマもうれしそうに微笑むと、左手をフィーアに差し出す。

「すごいな、フィーア。 エマにいちばんピッタリのアーティファクトを見つけ出したんだな」

 関心したようにテオが言うと、周囲から拍手が沸きあがる。

「フィーア、テオ、腹減っただろう? 今日はここの客の分ぜーんぶわたしのおごりだ! みんな飲め! 食え!!」

 調子に乗ったアンが叫び、キャッツレアーに歓声があがる。

「どこにそんなお金があるんですか!」

 というぎょっとした顔でターニップが呟いた声は、その歓声に打ち消されて誰にも届かないのだった。

*-*-*-*-*

 その日も、アンはキャッツレアーで朝食をとろうと、メニュー表片手に、コックと食べるものを相談していた。

「今日はマフィンじゃなく、パンにしようかな……」
「ダメですよ、アン首長は、マフィンじゃなきゃ! それも、エマ特製マフィンを食べてください♪」

 元気の良い、歌うような声が聞こえて、アンは顔を上げる。
 そこにいたのは、着古したワンピースにエプロン、ボンネット姿の少女。
 ただ、今日の彼女は頬は血色良くピンクに染まり、可愛らしく元気のいい笑顔を浮かべている。

「エマ! 元気そうだ」
「エマ、納品かい? ご苦労さま」

 アンと、コックがそれぞれにエマに声をかける。

「納品? それにエマ特製マフィンって?」

 首を傾げるアンに、コックがメニューの一行を指さす。

『エマ特製マフィン……アン首長のお気に入り!』

 それを読んだアンは目を丸くしてエマとコックを見比べる。

「エマ特製って、これ、エマが作ってるの? わたしのお気に入り?」

 エマとコックは顔を見合わせて笑っている。

「エマが先日売り込みに来ましてね。 フィーアたちと冒険に出たとき、アン首長が気に入って食べていたって……」
「毎日三十個限定で焼いてるんですけど、午前中には売り切れちゃうんです。 午後にも納品しようかなって考えてるんですよ」

 アンは頭を抱える。
 元気になりすぎだろう、と苦笑しつつも、うれしさでいっぱいになるアンだった。

「エマ特製マフィンと、トマトスープ、チキンのロースト頼むよ」

 注文を済ませると、フィーアやテオの話になる。
 二人とも頑張っていて、アンのような冒険者になると言っているのだそうだ。

「心配ですけど、もう、仕方がないと思って……。 その時、少しでも二人を助けられるように、魔法の装備を作る方法を勉強しようと思ってるんです。 テルマーのロイヤルシティに勉強に行くために、今一生懸命お金を貯めているんですよ」

 にこにこと夢を語るエマに、昔の自分と、そして昔も今も自分を助けてくれる姉妹や仲間たちの面影が重なる。

「大丈夫。 フィーアもテオも、立派な冒険者になれるよ。 エマも、立派な職人になる!」

 断言して、あどけなさの残る少女の頭をぐりぐりと撫でた。

「これ、ターニップに怒られないかな……」

 うれしそうに笑い合う二人の元に、エマ特製マフィンが届き、アンはちょっと不安になりながらも、フィーアとテオとの冒険を思い出しながら、マフィンを頬張るのだった。

~おしまい~

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