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『感じる。生きる』(6) 父/ HA〜HA

※全て無料で読めますが、今後の活動費に当てさせて頂きますのでよろしければご購入も頂けますと嬉しいです。

 少し寒い日の夜にココアを入れながらふいに思い出した。
 父が入れてくれたココア。
 私のと父との関係。

 父は母のことが大好きなイメージが強いから、子供の私に分かりやすい愛情表現をしてくれた記憶がない。正確に言うと覚えていないだけかも知れない。笑。
 そして、私からも父にハグなど分かりやすく甘えたことはあまりない気がする。
 誤解がないように言うが、父から愛情をもらってないなんてことは感じたこともない。

 父がくれるさりげない愛情に、何度も涙を流すほど感謝している。
 しかし、私には姉妹しかいないから余計かも知れないが、父と二人きりの時間はなんだか照れくさくなるか、緊張するかのどちらかだった。母が出かけていて家に居ない時は父がいつもより不機嫌になる印象が強かったから、母が家に居ない日は、家の中は緊張感で包まれていた。
 私は父のことを果たしてちゃんと知っているのだろうか?と思う。

 子供の頃に見ていた父の一生懸命働く後ろ姿は、私の目に焼き付いている。
 父は、今でこそ丸くなったけど昔は怖かった。

 私が学校に行っていた頃、部活動などで送り迎えが必要な時、忙しいから送迎を嫌がった。母は車の免許が無かったから、父にお願い出来ない時には片道3時間かけて歩いて帰ったこともあった。
 四姉妹だったから、田舎で車社会の父の負担は大きかったと思う。

 学校行事も、来ないことが前提だった。
 父はちょっと見た目も変わっていて目立つから、学校に来て貰えない方がホッとする私ではあったが、寂しいと思ったことも正直あった。
 だけど、「恥ずかしいから来ないで」とは、言えない子供だった。
 運動会の日に、「稲刈りがあるから行けない」と言っていた父がドロドロの作業着のままアイスを届けてくれた時は、トイレで一人泣いちゃうくらい嬉しかった。

 いつもちょっと怖いなって思っていた父が、私の姉2人が家を出て自立してからはいきなり丸くなった。先ず口調が変わった。あの感覚は、多分忘れない。

 父は、いつもさりげない優しさを振り与えてくれていた気がする。
 冬の寒い夜、父が作ってくれたココアを部屋まで持って来てくれた。
 そして、決して稼ぎがあるわけではないのに、自分の贅沢なんてせずお小遣いを突然くれたり、不意な優しさに私は心打たれていた。

 父は、母の言うことを良く聞いていた。
 母が方向性を決めて、父がそれを形にしていく。
 私は、そんな両親に憧れを持っている。
 そして、いつも仲良しで心から尊敬している。
 そんな父だけど、実は私は父の昔のことをあまり知らない。
 私が子供の頃は、「変わった両親だね」って言われることが多かったし、私もそう思っていた。

 しかし、物心ついた時に父の昔の仕事の話を聞いて驚いた。
淡々と楽しんで聞いていたけど、普段の生活ではあまり話を聞いたことはなかった。
 家に遊びに来ていた父の客人と父が話しをしている会話を聞いて、初めて知る父の過去は、まるで映画の世界みたいだった。ここで話を終えると父は、百姓ってことで終わりそうなので、簡単に説明させて頂きますね。

 私は、あくまでも子供だし父と言う人間を知らないと思う。
 ただ、私が認識している父を簡単に説明させて頂きます。
 父は、学生時代に添乗員のバイトをしていた経験がある。そして、大学生の時に自分で旅行会社を作った。
 そして、インド、バリ、ジャマイカへの激安ツアーを作った。
 その後レゲエにハマり、日本で最初にジャマイカからアーティストを呼んで日本で最初の大きなレゲエフェスを開催した。

 父は、色んなことをしていたらしい。お店を作ったり、本を出版したり、アーティストのマネージメントをしたり。具体的なことは、やはりその時代に生きていないから私はわからないけど。 
 しかし、父がたまにする色んな話の中に、象に追いかけられて、怖かった話。
 友人がキャンプ中にライオンに襲われ腕をかまれ引きずられなんとか助かった話。
 凄く貴重なジャマイカの映画の原本を持っていたのに、無くした為に上映権を無くした話。
 有名な写真家から作品を頂いたのに空港に忘れて無くした話。多分凄い価値があったって話。笑。
 スーパーモデルに惚れられ、日本の自宅にまで追いかけられて母の存在を知り驚かれた話。
 インド人の話。
 ボブ・マーリーの息子から電話が来たり?
 などなど、本当に毎回驚くような話が出てきて、聞いていて楽しかった。

 しかし、父は母に出会ってからそれまで何の興味も無かったのに、母の「田舎暮らしがしたい!」と言う言葉を実行する為に全てを捨てて、日本中を5年間探し歩いて田舎へ引っ越しを決めた。
 そこから独学で無農薬のお米作りに没頭した。
 父の凄い所は、いつもオリジナル。笑。
 人から学ぶんじゃなくて、自分で切り開いていくタイプ。
 変わり者扱いされようが淡々と働く姿は、子供ながらに血の滲む努力を感じていた。

 それからまたいくつもの年月を経て、父も歳を取ったなと思う。
 それでも、いつも父は楽しそうに生きている。いつも世の中に危機感を持ちながらも、それでいて必ず楽しむことをやめない。
 母といるからだろうか?
 私には見えない苦労もあると思うけど。

 父は、自分で作った会社を簡単に手放し、母と家族で田舎で生きていくという生活を選んだ。私にとっては、世界でたった一人の父。
 人生は、「お金だけの為に生きるんじゃないよ」っていう生き方を実践し、私に魅せてくれている父。
 そんな父がさりげない愛でいつも子供達を見守ってくれている。
 そんな父に心から私は感謝しています。
 父と母、いつまでも仲良く幸せでいて欲しいです。

 世の中には、色んな方がいます。
 だから、私はただ大好きな父自慢をする為に書きたいわけではないのです。
 ただ、私が生まれついた家庭で感じた、私目線で見えた世界をここに残させて頂けたらと思いました。

 そして、正解なんてないけど色んな価値観、生き方の中できっと愛が一番大切ってことを私は教えられたことに感謝しています。

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【 HA~HA(ハーハ)プロフィール 】
 音楽がすき。自分のタイミングで生まれる歌を時々歌っています。
 自分の人生を通して、人の役にたてることがあったら嬉しいなと思っています。
 HA~HA/Facebook
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 CDアルバム/『sotto』
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『ここ』Live Movie 2020/01/12「shiro & HA〜HA」@Cafe & Livespot FJ's
CDアルバム/『sotto』(全曲ダイジェスト)
『HA〜HAの風のことのは』/Youtube RADIO

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