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シリーズ「ヤル気を伸ばす」(その5):報酬はヤル気を引き下げる

「人は、自分がやっている行動(活動)に報酬が与えられたら、その行動(活動)に対するモチベーションが上がる(もっとやりたくなる)」とは、よく言われることです。
たとえばプロのスポーツ選手だったら、自分の年俸が上がれば、俄然張り切ってプレーするはずです。
私たちが普通に考えて「そうだろうな」と思うこの常識を見事に覆す実験が、70年代に行われ、心理学界に大きな波紋を巻き起こしました。
実験者は、米ロチェスター大学心理学教授のエドワード・L・デシとその研究チームです。
その実験の顛末をご紹介しましょう。
実験の素材として用いられたのは、「ソマ・パズル」と呼ばれるもので、立方体が幾つか組み合わさったパーツを使って、犬、長椅子、飛行機など様々な形を作るブロック・パズル・ゲームです。当時「やり始めるとやめられない」という評判でした。
実験は、学生を被験者とし、次のような共通の手順で、様々に条件を変えて行われました。

1.被験者をテーブルにつかせ、まず30分間パズルをやらせる。
2.実験者はパズルを解く時間が終わったことを被験者に知らせ、データを記録する質問紙を取りに2・3分中座すると伝えて部屋を出ていく。
3.テーブルの上には、「ニューヨーカー」「タイム」などの雑誌が数冊置いてあり、被験者の自由な行動が許されている。ただし被験者の行動は密かに観察されていて、その自由時間の間に被験者がパズルを解くことに費やした時間が測定される。
4.きっかり8分後に実験者が質問紙を持って戻ってくる。

■実験1:報酬は自発的なヤル気を低下させる

●前提条件:
被験者を二つのグループに分け、一方にはパズルをひとつ解くごとに1ドルの報酬が与えられると説明し、もう一方のグループには報酬について特に説明はしない。

●結果:
パズルを解くことに金銭的報酬を支払われた学生は、そうでない学生に比べ、自由時間をパズルに費やした時間がはるかに少なかった。
この実験はTPOを変えて繰り返し行われた。報酬を約束したグループに対して、実験の途中で「報酬の支払いが中止になった」と伝える、という付加条件をつけると、とたんにパズルに費やす時間がさらに少なくなった。

●結論:
人はいったん報酬を受け取り始めると、活動そのものに対する興味を失う。そして報酬が打ち切られると、もはやその活動をしたいと思わなくなる。

●教訓:
○親は、子どもがテストでいい成績を取ると、ついついうれしくて臨時の小遣いを与えて褒めたりしますが、これはかえって学習に対する子どもの自発的なヤル気を引き下げてしまう、ということです。特に、いい成績を取るたびにもらえていた小遣いが、何らかの理由でもらえなくなると、子どもは余計にやる気をそがれる、ということです。
ではどうしたらいいかと言うと、小遣いは成績に関係なく定期的に充分な額を与えて「自分は小遣いに不自由していない」と安心させたうえで、いい成績を取ったら、そのことを純粋に褒める(報酬に結びつけない)、というのが理想のようです。
○社会人の場合は、もちろん労働の対価としての報酬は当たり前ですが、労働に対する本当の(持続可能な)ヤル気は、報酬では引き出せないということを経営陣は肝に銘じる必要があるでしょう。

■実験2:罰則も自発的なヤル気を低下させる

●前提条件:
上記のように被験者を二つのグループに分け、一方には「もしうまくパズルが解けなかったら罰を与える」と告げる。

●結果:
被験者は好成績をあげ、罰せられることはなかったが、パズルへの自発的なヤル気は報酬が与えられたときと同じように低下した。

●結論:
罰則は、その活動自体を促進することはあっても、その活動に対する自発的なヤル気は報酬と同じように低下させる。
また、スタンフォード大学のマーク・レッパーをはじめとする他の研究者たちの調査では、締め切りの設定、目標の押しつけ、監視、評価なども自発的なヤル気を低下させることがわかった。

●教訓:
うまくできなかったときに罰を与えるという方法は、罰を避けることが目的になってしまい、活動そのものへの自発的なヤル気は下がってしまうのです。
人を行動へと動機づける方法として昔から言われる「アメ(報酬)とムチ(懲罰)」は、どちらも逆効果であることが、実験1と2でハッキリわかります。
さらに、締め切りの設定、目標の押しつけ、監視、評価といった、学校でも職場でも当たり前に行われていることが、すべて自発的なヤル気を低下させる要因になっている、ということを、私たちは厳粛に受け止める必要があるでしょう。
しかし、学習にしても労働にしても、物事には期限があり、ゴールがどこにあるのか明確化する必要があり、進捗をモニターする必要があり、どのように学習や労働に報いるかを決める必要があります。それらが統制(押しつけ)や懲罰にならないようにし、なおかつ人の自発的なヤル気を引き出させるようにするにはどうしたらいいか、という問題になってきます。

■実験3:競争によるプレッシャーは自発的なヤル気を低下させる

●前提条件:
被験者にはもう一人の被験者とペアになって3つのパズルを解いてもらう。ただし組ませる相手はサクラで、被験者よりも早くパズルを解き終えないようにあらかじめ打ち合わせされている。
被験者の一方のグループには、ペア相手との競争に勝つこと、つまり相手よりも早くパズルを解くことが課題だと告げる。もう一方のグループには、単にできるだけ早くパズルを解くようにと告げる。

●結果:
すべての被験者が3つのパズルのすべての競争に勝ったことになるが、競争条件が課せられたグループは、そうでないグループに比べ、その後に自発的なヤル気を示すことが少なかった。

●結論:
人は競争状況に置かれると、プレッシャーを受け、統制されていると感じ、その活動がおもしろいからやっている(内発的に動機づけられている)という感覚を失ってしまう。
なお、デシ博士の競争に関するさらなる実験では、さらに興味深い結果が出ている。博士は、競争条件のグループに対して、「勝利がすべてだ」という点を強調し、もう一方に対してはそのようなプレッシャーを与えず、単にベストを尽くしてなるべく早くやるように告げた。その結果、勝つことへのプレッシャーを与えられた後で勝負に勝った被験者は、同じように自発的なヤル気が低下し、逆にプレッシャーを与えられることなく勝負に勝った被験者には、そのような競争による有害な影響は見られなかった。

●教訓:
シリーズ「ヤル気を伸ばす」(その2)でご紹介しましたが、私が少年サッカークラブで経験した子どもたちの自発的なヤル気のエピソードでは、「1分前の自分がライバル」ということを子どもたちは知っていたことになります。私たちは大人になると、つまらない競争原理によって、そのことを忘れさせられているようです。
会社の営業部門などでよく見受けられるのは、社内競争の激化や無理なノルマの押しつけによって、セールスマンのヤル気がすっかり低下してしまっている状況です。つまり「その商品を売るのが楽しいから売っているのではなく、売らないと競争に勝てないし、ノルマを果たせないから」となるわけです。「仕事なんだから当たり前だろ」という考えはもう通用しません。
1人の勝者と99人の敗者を作り出すような方法は、同時に100人分の不要な疲労と消耗を作り出すのです。

■実験4:統制(強制)は自発的なヤル気を低下させる

●前提条件:
二つのグループのうち一方には、どのパズルを解くか、パズルにどれだけの時間を費やすかを選択させる。もう一方には、最初のグループの被験者が選んだのと同じパズルを同じ時間で解くように言い渡す。

●結果:
選択の機会が与えられた被験者は、そうでない被験者に比べて、その後の自由時間をより多くパズル解きに費やし、パズルを解くことが好きだと答えた。

●結論:
人は、特定の課題を遂行するよう求められても、それをどうやるかにある程度の自由裁量が許されていれば、自律性(自由意思)をもった人間として扱われなかった場合よりも、その活動により熱心に取り組み、より楽しむことができる。

●教訓:
「エンパワーメント(権限移譲)」ということが言われて久しいようです。
親や教師は子どもに対し、経営陣は従業員に対し、どこまで自由決定権を移譲するか、というテーマが、自発的なヤル気を引き出すうえで重要である、ということでしょう。
賢い親や教師や上司は、子どもや部下に対して、「何がどんな理由で期待されているのか」をきちんと説明したうえで、そのために具体的にどんな目標を立て、それをいつまでにやるか、そしていくつかある手段の選択肢を示し、どれを選ぶかは本人に決めさせる、という方法をとっているようです。もちろん単に命令を下すよりはるかに難しく面倒な作業です。しかし、人間をマネジメントするということが容易いはずがありません。

■実験5:無能感は自発的なヤル気を低下させる

●前提条件:
見かけは同じだが難易度の異なるパズルを2セット用意し、一方のグループには容易な方のセットを与える。もう一方には困難な方のセットを与え、パズルがほとんど解けないように実験的に操作する。

●結果:
パズルが解けずに自分の無能さを目の当たりにした被験者に比べ、パズルが解けて有能さが示された被験者の方が、その後に測定された自発的なヤル気が高かった。

●結論:
人は、有能感への欲求が満たされると自発的なヤル気が高まり、無能感にさいなまれると自発的なヤル気が低下する。
競争は、人々に自分自身がどのくらい能力があるかをテストし、その能力を高める機会であり、その過程を楽しむものである。勝利へのプレッシャーは余分である。
ロバート・ホワイト(人格心理学者)は「人は環境と効果的にかかわり有能でありたいという気持ちを強烈にもっており、コンピテンス(有能感)は人間の基本的な欲求である」と述べている。

●教訓:
親や教師から「お前は有能な人間だ。何をやっても必ずうまくいく」と言われ続けて育った子どもと、「お前は無能だ。何をやってもうまくいくはずがない」と言われ続けて育った子どもと、将来どうなるかを想像してみてください。
私は、後者に近い背景を持って大人になった人を知っています。その人は長じて経営者となり、人を指導する立場になりましたが、かつて自分がそうされたように従業員に対しているため、その職場は従業員が定着せず、ご本人もパニック障害を患い、苦悩し続けています。もちろんご本人は、自分の病の原因にも、従業員がすぐに辞めていく理由にも気づいていません。

■実験6:賞賛(褒め言葉)の受け止め方には男女差がある?

●前提条件:
それぞれ男女半数ずつの様々な男女混合グループを2つ作り、同じパズルを解かせるが、どの程度成果が上がったのかは被験者にはわかりにくくしておく。
一方のグループには肯定的なフィードバック(たとえば「よくできました。ほとんどの人より早くできましたよ」など)を与え、もう一方のグループには成果に関するフィードバックを一切与えない。

●結果:
肯定的フィードバックが与えられなかったチームの自発的なヤル気は低かった。それに対し、肯定的フィードバックを与えられたチームのうち、男性は自発的なヤル気が高かったが、女性は低いという結果が出た。同じ実験をもう一度行ってみたが、やはり同じ結果が出た。

●結論:
この実験が行われた1970年代中ごろは、性別によって子どもの社会化のされ方が異なることに人々が気づき始めた時代だった。男の子には、旺盛なチャレンジ精神、成功へ向けての努力などが期待される一方、女の子には、感受性や内面性などが求められ、社会に対して有能さを示すことは男の子ほどには重要でないと教え込まれ、人から褒められることよりも、人を褒めることを話題の中心にするよう求められていた。
こうした時代背景を考えるなら、女性被験者が褒め言葉に対して過敏になり、統制と受け取った可能性があるかもしれない。

●リチャード・ライアン(ロチェスター大学教授)による追加実験:
基本的な実験の手順は上記と同じだが、肯定的フィードバックの仕方を二つに分け、一方では統制的な言葉(たとえば「期待に応える」「すべきことをする」など)を用い、もう一方では統制の要素がない言葉(義務や期待に触れず、社会的に比較する情報をいっさい含まず、ただ「とてもよくできた」など)を用いた。
その結果、男女を問わず統制の要素を含んだ褒め言葉が自発的なヤル気を低下させる一方で、統制の要素を含まない褒め言葉は、自発的なヤル気を高め、それを持続させることが判明した。

■教訓:
育てられ方にもよるでしょうが、女性は褒められることに猜疑心や警戒心を抱く場合もあるようです。なまじ能力を認められてしまうと、必要以上に期待されたり責任を押しつけられたりするかもしれないと思うのでしょうか。
これは男性を相手にする場合にも言えますが、褒める際に強制(押しつけ)のニュアンスを含めないことが重要だということです。つまり「私はあなたの実力やヤル気を認めている。でも、必要以上の負担を負わせるつもりはない」という姿勢が重要だということでしょう。

さて、今まで常識だったはずの「報酬はヤル気を起こさせる」は違うということがわかり、罰則も効果がなく、競争させることもマイナスであり、無能扱いはもってのほか、褒め言葉でさえ、言い方に統制のニュアンスが含まれていると逆効果ということがわかってきました。
さらに、締め切りの設定、目標の押しつけ、監視、評価といった、学校でも職場でも日常的に行われていることが、すべて自発的なヤル気を低下させるとなったら、では、どのような対し方をすれば人からヤル気を引き出せるのでしょう。
次回は、条件を変えた実験から、そのあたりを具体的に見ていこうと思います。

※参考:エドワード・L. デシ/リチャード・フラスト著「人を伸ばす力」新曜社

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