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人類と狐の深い仲

人間の活動が野生動物の暮らしや生態に影響を与える事例は枚挙に暇がありません。これまでにさまざまな動物が絶滅させられてきましたし、森の中ではなく都市など人間が作り出した環境に適応してきた動物もいます。しかし、そうした影響はどのくらいまで過去にさかのぼるのでしょうか? また、わたしたちヒト (ホモ・サピエンス) 以外のすでに絶滅してしまった人類*1では、そうした影響を野生動物に与えていたのでしょうか?

今回紹介するのは、石器時代のヒトとネアンデルタール人が、キツネにどのような影響を与えていたかを調べた研究です*2。


人類とキツネ

キツネのような、肉食性の強い小型の動物は、異なる食資源に比較的柔軟に適応できることがわかっています。現代でも、キツネは残飯を求めて人間の居住地の近くにやってきたりします。今回紹介する研究*2では、約4万〜3万年前のドイツの遺跡から出土した、ネアンデルタール人が生きていた時期のキツネと、ヒトの時期のキツネの食物が調べられました。

遺跡から出土した骨に炭素や窒素の安定同位体がどのくらい含まれているかを調べることで、そうした動物たちの生前の食物を推定できます (参考: おいしいマンモス)。この手法を用いて、ドイツの研究者たちのグループが、ドイツにあるシュヴァーベンジュラというひとつの遺跡から出土した約4〜3万年前のホッキョクギツネ・アカギツネと、草食動物や肉食動物の骨を調べました*2。

分析の結果、ネアンデルタール人の時期には、キツネたちはオオカミやクマなど大型の肉食獣と同じ食物 (マンモスなど) を摂取していたグループと、ネズミなど小さな動物を摂取していたグループに分かれました。その一方、ヒトの時期には、かつては小さな動物を摂取していたグループがトナカイなどの草食動物の摂取をより強めたことがわかりました。


いろいろなヒトの影響

この結果は、当時の人類の狩猟行動を参考にするとよりよく解釈できます。ネアンデルタール人の時期には人類の狩猟活動はそこまで活発でなく、キツネは、オオカミやクマが仕留めた動物のおこぼれを狙うか、自身で小さな動物を狩ることで食物を得ていたと考えられます。しかしヒトの時期には人類の狩猟活動が活発になりました。ヒトはトナカイやウマなどの草食動物を狩猟し、洞窟などのすみかに持ち帰って解体していました。キツネはおそらく、ヒトの居住域のすぐ近くで廃棄されるこうした動物の肉や内臓などを食べるようになったのだと考えられます。

この研究が示しているのは、人類の狩猟活動の内容が変化したことで、大型の肉食獣などにはアクセスできない、ヒトの狩猟活動に由来する食資源が、キツネたちにとって利用可能になったということです。ヒトの影響は、一部の動物には利益として働くということなのです。


おわりに

北海道では都市部にもキツネが出てくることがあるようですが、人類とキツネのゆるやかな関係が実は数万年前から始まっていたというのは驚きかもしれません。人類の過去の進化や適応の視点から現代の野生動物を見ると、すこし見え方が変わってくるかもしれませんね。
(執筆者: ぬかづき)


*1 「ヒト」とはHomo sapiens (本来は斜体で表記) のことで、現代に生きる私たちと同じ種をさします。「ネアンデルタール」とはHomo neanderthalensis (本来は斜体で表記) のことで、すでに絶滅してしまった人類です。「人類」は、現代人につながる系統で過去に存在した種を含み、チンパンジー属の共通祖先と分かれたあとに二足歩行を初めたサヘラントロプス属、アウストラロピテクス属、ホモ属 (現代人も含む) などが該当します。

*2 Baumann C, Bocherens H, Drucker DG, Conard NJ. 2020. Fox dietary ecology as a tracer of human impact on Pleistocene ecosystems. PLoS ONE 15:e0235692.


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