本を読もう!(8)---続き


 私がZ会の医学部小論文添削をしていた90年代は、医療現場のテーマとして癌患者の方を中心とした″Quality of Life ″の議論が日本でもようやく盛んになってきた時代でした。
 他にも小論文のテーマとして、医療とは直接的ではありませんが、罪を犯した者の矯正方法として「応報刑」と「教育刑」のどちらに重きを置くべきか、といったものもありました。

 教育矯正といえば、数年前に新聞記事で読んだ少年のことが思い出されます。
 その少年は不幸な家庭生活を経て、少年院に入所します。そこで少年は教育プログラムとして、殺処分を免れた犬の世話をすることになりました。少年はそれまで誰にも愛されず、また愛するということが一体どういうことなのか知る術もない自暴自棄な少年時代を送ってきました。
 ある夜、少年はお腹を壊してしまった犬を心配して寝ないで寄り添うことにしました。やさしく包んだ犬から温もりを感じた少年は、(←少年はこのとき自分も赤ん坊のころ、こんなふうに親が自分を世話してくれたこともあったのかもしれないな…と思ったそうです…)周囲の人たちの柔らかな見守りによって、生まれて初めて他者を大切に想う気持ちが芽生えたそうです。   
 その後、犬の里親が決まって迎えた別れの日、大切にお世話した犬の首に「幸せに生きろ!」と書いたバンダナを巻きながら、少年は涙をこぼすのでした…
 いろいろなことを考えさせられました。この新聞記事は今でも保存しています。
 
 ここからさらに医学部小論文関連で話を進めさせていただきますと、医療というものは人間の心身だけに注目するのではなく、そのひとを取り巻く環境全般にまで本来は思いをめぐらすべきだと考えます。とはいっても医療人もまたひとりの人間ですから、そこまで広範囲に取り組んでいくことは確かに難しいことだと言わざるを得ません。
 しかし学生のうちからできるだけ、先に述べましたような重い病を患うひとの生活の質や、さまざまな事情により社会からこぼれ落ちてしまったひとたちの社会復帰の方法等に関心を持って、今の自分に考えられる限りの答えを出してみる、そういった思考の努力の時間を持つことが、いちばん大事なのではないでしょうか。その思考の過程は、必ずや治療の際の観察眼に生かされるはずです。

 『ドレのロンドン巡礼』に話を戻します。

 最初に述べましたように19世紀後半のロンドンでは、資本が集まるところには潤沢に集まり、それまで見たこともない目新しいものに囲まれながら夢と希望に満ちあふれた生活を送る人々がいる一方で、住む家もなく細々と単価の低いものを路上で売りながら口糊をしのいでいるひとたちが大勢いたことを、この本のドレの画を通じて″目で″理解することができます。

 社会矛盾の解消は政治の仕事ですが、こういった社会に関する考察を、当システムの生徒の皆さんには将来どのような道に進もうとも、常に続けていってもらいたいと思います。
 こうした考察に最も求められるものは「想像力」です。思いやりの気持ちを論理的なことばにするためには、読書や対話を通じた知識の蓄積が必要です。
 
 この本をきっかけに、自らの思いやりの気持ちをさらに掘り下げてくださる方がいてくれれば、ほんとうに紹介冥利に尽きるというものです。


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