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帰納と驚き

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帰納と驚き 序章

 本稿はいくつかの哲学の難問を足掛かりとして、私と世界の構造を粗描することを目的としている。
そのための主な道具はオッカムの剃刀だ。
世界が今このようにあるためにはどのような前提が要請されるのか?
私たちはこれから、不要な先入観を排して、可能な限り簡潔に、この要請される前提を追っていくことになる。
世界の前提を、その前提の前提を、そのまた前提を追う過程は、私の成り立ちを遡行する道程でもある。
その

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帰納と驚き 第1章 帰納

 私たちは日々さまざまな推論に基づいて生活している。
空がどんよりと曇れば雨降りを心配してカサを求め、
青信号が点滅すれば赤に変わることを予期して足を速め、
舞い落ちる紅葉にやがて訪れる冬を予感する。
それらの推論のすべてが帰納推論と呼ばれるものだ。

 帰納推論は過去の個別事例(たとえばA、B、Cなど)を前提として同様の全事例(たとえばA、B、C、D…、Z)にあてはまる一般法則を導く推論方法であ

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帰納と驚き 第2章 グルーのパラドクス

 私たちは前章で、すべての知識が前提からの帰納によって獲得されることを確認した。
続く本章では、帰納推論の抱える欠点とされてきた「グルーのパラドクス」を例に「知識は、その対象を前提とした帰納によって得られるものでなければならない」ことを確認しよう。

 そのうえで、本稿において帰納に次いで重要な意味合いを持つ「物語」という概念にほんのさわりだけではあるが触れておく。

グルーのパラドクスの概要 グ

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帰納と驚き 第3章 自然の斉一性原理と時間と空間

 第1章と第2章では、経験した出来事から未知の出来事をおしはかる帰納推論がどのような情報処理なのかを論じ、その本質が情報量の減少にあることを明らかにした。

 本章では少し視点を変えて、「なぜ経験した出来事から未知の出来事をおしはかることができるのか?」という問からはじめて、自然の斉一性原理と時間、空間の関係を紐解いていく。

自然の斉一性原理の概要 昨日の雨と明日の雨、この湖とどこか遠くの湖、今

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帰納と驚き 第4章 意識

 第1章では、私たちの知識および認識が、この世界を前提とした帰納によって得られることを確認した。
第3章では、「この世界」という言葉で私たちが素朴に思い浮かべる客観的世界が、意識に映る世界から帰納推論を経て獲得される概念であることが明らかになった。
つまり、知識と認識はこの客観的世界から帰納され、この客観的世界は意識に映る世界から帰納されているのだ。

 では、第3章で前提として扱った「意識に映る

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帰納と驚き 第5章 間違い

 前章では、私が無自覚に世界を予測していて、その予測と実際の世界の邂逅する場が意識であることが明らかになった。

 しかし、その章末でも触れたとおり、この説明には明白な問題がある。
前章の結論は、意識の前提として「予測」と「世界」とを要請していたが、私たちが一般的に言う「予測」とは意識のうえでなされるものだ。
意識のうえでなされるのではなく、その前提としてある「予測」とは何だろう?

 また「世界

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帰納と驚き 第6章 変化

 私たちは第3章で、客観的世界を構成する時間と空間が意識世界およびその斉一的変化を前提としていることを明らかにした。
続く第4章ではその意識世界の前提として、帰納の始点である原世界が要請されることが明かされた。
 
 では客観的世界のもう一つの前提として要請されていた「斉一的変化」はどうなったのだろう?
意識に映る世界はひとときも留まることなく変化しつづけている。
この意識世界の変化があるためには

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帰納と驚き 第7章 私と他者

 本稿ではこれまで、客観的世界が主観的世界を経て意識世界へ還元され、意識世界が物語構造を経て原世界へと還元されるさまを概観してきた。
本章ではまず、この還元の流れに沿って各世界における「私」という言葉が意味する対象および指示する範囲の変遷を俯瞰し、次いで、原世界から客観的世界へとその流れを逆にたどりながら、これら一連の世界を貫いて現れる「私」とは何かを明らかにする。

 私たちはこの客観的世界と原

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