見出し画像

記者会見にはドラマがある。「ほろ苦いチョコレートの金メダル」

 五輪や世界大会の記者会見というのは、とても奇妙な空間だ。

 

 興奮が収まらず、テンションが高い選手。負けた悔しさで呆然とする選手。メダルをとれたことがひたすらうれしくて、ニコニコする選手。記者はその空気感を感じながら、質問を投げかける。言葉のボールは、選手に見送られることもあったり、ヒットにして返してくれたり。丁寧に投げたつもりでも暴投になることもあるし、逆にピッチャー返しを食らうこともある。
 


 記者も選手も奥歯にものが挟まったように接しあい、噛み合わないまま、互いにザラリとしたものを感じながら終わることもあれば、スポーツバーで一緒に素晴らしい試合を見た仲間のごとく、「いい試合だったね!ところで、どんな気分で戦ってたの?」とストレートに質問をぶつけ、「いやーーー、俺たちもびっくりだったよ」みたいなフランクなやり取りが繰り広げられることもある。そんな時は、会見を終えるのが名残惜しい。できることならビールでも飲みながら、一晩中語り合いたい、そんな気持ちになることさえある。2019年ドーハ世界陸上で死闘を演じた男子砲丸投げの3人は、スポーツマンシップに溢れるやり取りで全員が終始満面の笑顔だった。

 記者会見には、様々なドラマがある。何気ない質問が、選手の心に触れ、思いがけない答えがくることもある。

 ドーハ世界陸上、男子110mハードル。優勝したのは米国のホロウェイ。2位はロシア(ニュートラルで参加)のシュベンコフ。3位にはフランスのパスカル・マーティノットーラガードが入った。

 このレース、ゴール直前でジャマイカのマクレオドが転倒した際に、隣のオルテガにぶつかったため、オルテガはバランスを崩してしまった。その横で、パスカルが3位に入るという、ちょっと微妙なレース展開だった。そのせいか彼にはなかなか質問が回らなかった。でもパスカルは終始ニコニコしながらホロウェイやシュベンコフの話を聞いていた。

 パスカルは大きな大会の決勝常連だけど、はて、今までメダル取ったことあったかな。そう思って携帯で調べると、2010年の世界ジュニアで金メダルを獲得経験はあるものの、2015年北京世界陸上、2016年リオ五輪は4位、2018年世界室内5位と、シニアでは五輪、世界陸上を通じて初めてのメダルだった。
 
 

 そうか。望んだ形ではないとはいえ、初めてのメダルなんだ。そっか・・・。どんな気持ちなんだろう。

 挙手して質問をぶつけた。

「パスカル、今まで、もうちょっとのところでメダルに届きませんでしたが、今の気持ちは?」

 突然の質問に驚きの表情を見せ、ゆっくりと言葉を紡ぎ出した。

「そうなんだよ。北京もリオも4位で。やっとメダルを手にすることができて、とてもうれしい。実はリオ五輪は4位で終わったんだけど、フランスに戻ったら友達がチョコレートでできた金メダルをかけてくれたんだ。甘かったけど、ほろ苦かったのを覚えている。今回のメダルは食べられないし、甘くないけど、すごくうれしいメダルだ」

 大きな笑顔をむけてくれた。
 
 ねぎらいの意味でチョコレートをかける友人。かじっている姿のパスカル。甘くてにがいメダル。いつか絶対にメダルをとりたい、自分でつかみとる、そう思ったであろう姿を一瞬で思い浮かべることができた。不覚にも涙が出そうになった。

 短い答えだったけれど、ドラマのワンシーンのようなだった。
 
 記者会見は参加する選手への負担が大きい場合もある。悔し涙を浮かべたり、ふてくされる選手もいる。記者のどうでもいい質問が選手を苛立たせることもある。でも、選手のストーリーを感じることができる場所でもある。そして、それを見つけ出し、磨くのが我々の仕事だ。
 
 東京ではどんなストーリーを聞くことができるだろう。そして皆さんと共有できるのだろうか。

写真:2019年横浜の世界リレーで日本女子チームの撮影にとびいり。フランス人コーチっぽいです(笑)

パスカル・マーティノットーラガードInstagram https://www.instagram.com/pascalmartinot/?hl=en
フランス人らしく(?)おしゃれ番長な写真で溢れています。
twitter https://twitter.com/PascalMartinot







この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?