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いつかまた出逢えた時は今度こそ海に行けたらいいね


大人の恋愛がダメになるのは、いつも腰が重いからだ。



私が好きな漫画に出てくるセリフである。



夏は人を惑わす。いい方にも悪い方にも。でも理由なんてそこにはなくて、ただ「夏だから」といって全てをさらっていってしまう。私の人生において、夏は魔法のような季節で残酷で夢みがちな時期だ。どの季節になっても「夏になったらさ、」なんて人と約束をしてしまう。大抵叶わなかった時の理由として、私も相手も結んだ約束を忘れてしまっているか、はたまた疎遠になってしまったかの2パターンがある。大抵後者の場合は忘れられぬ思い出となっていることが多い。


四季を二度ほど、一緒に過ごした人がいる。
唐突だが、その人は私の友人だった。とてもお洒落で多方面に博識で、ざっくばらんでさっぱりとした性格で、しかし小狡くない可愛らしさを持っている人だった。肩をすくめて目尻を下げて微笑む姿を今でも覚えている。その人が大笑いする時は必ず手を叩いてもたれてきて、その一連の仕草すら全て、人に好かれる人だなとつくづく思ったことも。しかも嫌味がなかった。絵に描いたような出来た人だった。



その人と仲良くなった頃、私は幾つも悩みを抱えていた。大抵自分一人じゃどうしようもないことで、日に日に俯きがちになっていた。


そんな時に、その友人とひょんなことから話す機会が多くなった。いつもポジティブで、私のネガティブな話を吹き飛ばしてくれる。ネガティブなことを、ポジティブに変換して優しく伝えてくれる。そんな存在だった。恥ずかしい話ではあるが、私は私に自信がない。しかしその子の友人であり、その子が愛してくれた私のことは愛せると今でも思っている。そんなあたたかい気持ちの循環を作り上げてくれた子でもあった。


たくさんの言葉を交わしていた。
下らぬことから、大真面目なことまで。たまに電話したり、共通の友人なしでサシでご飯に行った時はなんだかわからないがほんの少し緊張していた。メニュー表を指差して、おかずの名前を読み間違えた時に歯を見せて笑っていたこと。多くの記憶の中のその人は、タートルネックを着ていたり、洒落たカラーのチェスターコートを着ていたので、秋冬の思い出ばかりが残っている。



お互いの共通の趣味が音楽だった。元気のない時に聴く歌、すごく好きなアーティスト、悩み事の相談の合間にそういったことを気のむくままに、そして時間の許す限り話していた。社会人なのでほどほどにだったが、時たま夜更かしをする時もあった。小さい子がこっそり部屋から抜け出してキッチンのおやつに手を伸ばすように、夜更かしだ!と眠たげにかすれた声でワクワクしながら言った。子供じゃん、とやっぱり笑われた。


とある日。どんどん忙しなくなる私生活と仕事の合間で、疲弊しきっていた私を心配してその子が連絡をくれたことがあった。無理はしないこと、と約束しがてら押しつけのない言葉で励ましてくれる。何かしたいことないの?と聞かれ、一も二もなく答えたことがあった。



「全部終わったら、海にいきたい」

「真冬に海とかロマンチックじゃん。いいよ、行こっか」



揶揄いも含めて言われてようやく恥ずかしくなったが、結構本気で海にいきたいと思っていた。その子は否定を一切しない子だった。無責任と違った形で、どこかで頑張る私の背中をいつだって押してくれた。



夏の手前のことだった。約束は正しく約束のままで、真冬に海なんて行くこともなく。そして、ようやく実現できると思い日取りを決めて夏の海を見に行ける直前に誤解ばかりですれ違いを起こし疎遠となってしまった。崩れるのは呆気無かった。信頼関係はそこらへんの人たちよりもずっと深く築けているとばかり思っていたことこそが怠慢で、その子とはもう簡単に会えない状況になってしまった。誤解だけで疎遠になってしまった分、今でもちくりと胸を刺す。もう少し言葉にしていれば。もう少し、聞いていれば。出来た人だなんて言ったが、そんな人とだってうまくいかない時はうまくいかないのだ、とわかってはいたのに。たらればばかりが理想の海を泳いだ。



最後に残された言葉の中に、いつかまた、とはあったけれど。大抵そういう時の言葉は再会の意味を果たさないと知っている。



お互いの存在が「chill out」そのものだったようにも思う。
何年か時間が経過してしまった分、探すのにも腰が重たい。むしろ、お互いのことを時の経過で忘れてしまっていることも多くあるだろう。そんなこんなで、冒頭のセリフが私の胸を突ついてくる。


どうにかしようとは思ってないけれど、夏と聞くと思い出す人がいる。冬に会うことが多かったのに、夏に思い出してたなんて少し不思議だけれど。あの頃よりずっと楽で自分らしく生きれている今、記憶の中で笑っているあの人に渡せなかった言葉を置いていく。



「ありがとう。やっと海に行けそうだよ」

約束してた、寒い季節の海に。


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夏の思い出

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