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バニラアイス・3・彼のマジック

新幹線の車内で販売の仕事をしていると、いろいろなことがある。
嫌なことが多いと、辞めていく子が多い。

「先輩は平気なのかもしれませんが、私には無理です!」

そういって、辞めていった後輩の顔は今でも忘れられない。

だって、平気だから続けているわけじゃない。
辞めたって、また別の嫌なことをしなきゃいけないだけ。

それなら、笑ってやりすごして、適当に流して忘れてしまえばいい。
…なんて、忘れられないのはわたしか。

車内販売は、煙たがられることが多い。

狭い通路を何度も行き来するから、長時間乗車しているお客様にとっては、煩わしいのかもしれない。

通路に足を出されて妨害されたり、何度も舌打ちをされたりもする。

ただ、わたしが個人で望んでここにいるわけじゃない。
そんなに迷惑だというなら、会社に要望を出して欲しい。

車内販売をしないで欲しいとか、車内販売をしない車両を作るとか。

でも、販売ばかりが目的じゃない。
車内の見回りや、困っているお客様がいないかを確信している目的もあるから、邪魔なら邪魔で見えないものとして扱ってくれていい。

夕方から夜に近づくにつれて、車内でお酒を飲むお客様が増える。
昼間にもいるけれど、夕方から夜にかけては、やっぱり昼間よりも多いと思う。

お酒を飲むと、人柄が変わってしまうのはどうしてなんだろう。
お酒を飲んで、気持ちが大きくなって、横柄な態度をとったり、横暴なことをする人も多い。

「すみません、座席に人がいるんですが。」

チケットを片手に困った顔をしているのは、学生さんという印象の男の子だった。
大学生くらいだろうか。

指定席とはいえ、座席を間違ってしまうお客様は少なくない。
車両を間違えてしまうことや、どうしてそこに座ってしまったのか、全くわからない時もある。

チケットに書かれてある座席に向かうと、スーツ姿の中年の男の人が眠りこけていた。
熟睡してしまっているのだろう。

「お客様、お客様。」

呼びかけても、気づく気配がない。

「お客様!」

何度目かに呼び掛けたときに、やっと目が開いた。

「お客様、座席のご確認をお願いしたいのですが…。」

怒らせるのは面倒だということは、長年の勤務で身についてしまった。

「…あ?」

口を開いた瞬間に、アルコールのにおいが充満する。

「お客様、座席をお間違えのようですが…。」

片ひざをつきながら、抑えた声で問いかけるけれど、

「ああ?なんっだよ?」

大きなボリュームの声が車内に響く。
なんとなく、緊張感が走る。

大きな声や威圧的な態度は苦手だ。
そんなの、得意な人はいるのだろうか。

「お客様、お席の確認をお願いしたいのですが…。」

こんな時、車掌が来てくれたらいいのだけど、といつも思ってしまう。

車掌の制服は、それだけで存在感と威厳を主張できる。
わたしたちの制服とエプロンは、なんの効果もない。

むしろ、レベルは最弱だと判断される材料になっているんじゃないかと思ってしまう。

「疲れてんの。眠いの。わかる?」

寄っているこの人は、中年といってもそれほど年老いている印象はない。

「申し訳ございません。お席の確認をしていただけませんか…。」

「うるせぇな。」

ほかの乗客の視線が集まっているのがわかる。

迷惑そうにしている人や、なんとなく哀れな表情を浮かべている人もいる。
だけど、見ているだけ。

世の中なんてそんなもの。

「酒、持ってこいよ。」

「あの、お客様…。」

「酒持ってこいって言ってんだろ!こっちは客だっつーの!」

大きな声が張り上げられた瞬間、

「席!間違えてるみたいですよ?」

よく通る声が、頭の上から降ってきた。

「え?」

「お疲れですよね。
そこの席、この子の席みたいなんですよね~。
いや、新幹線って座席間違えることありますよね~。」

酔っぱらったお客様は、キョトンとしている。
話をしている相手には、見覚えがある。

「チケットどこですか?
内ポケットとかによくいれますよね。
ちょっと確認させてもらっていいですか?
あー!これ、隣の車両ですよ!」

まくし立てるわけじゃない。
だけど、反論を許さないきっぱりとした口調で話を続ける。

「疲れてるときに飲みすぎると、乗り過ごしちゃいますよ。
荷物これだけですか?隣の車両ですからね。
はい。君は早く座りな。」

酔っていたお客様を立ち上がらせて、荷物を渡して隣の車両に移動させてしまった。
そして、困っていた学生風の男の子を、そこの席に座らせた。

それはまるで、マジックショーでも見ているような気分だった。

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