珈琲が冷めたら (#シロクマ文芸部)
「珈琲と共に現れるよね、ユウ君って」
ベンチで待つ彼女に温かい珈琲を差し出す僕に、彼女はいたずらっぽい笑顔で言った。
「え、いらなかった?」
「いるけど。登場の仕方がいつも一緒ってこと」
「だって珈琲屋の前通るから、一緒に飲もうかなって」
「いや、だから別に良いんだけどさ」
妙な空気になったのはなぜだろう。珈琲を渡す瞬間は笑顔だった彼女が、今は不機嫌に見える。
ベンチに腰を降ろす位置を、少しだけいつもより彼女から離した。
「行動がワンパターンなの、むかつく?」
無言で珈琲を飲んでいる彼女に質問してみる。
午前の眩しいくらいの日差しに包まれる彼女の口元には珈琲カップがあって、そこから立ち上る白い湯気がゆらぎながら澄んだ空気に消えていく。
「そういうんじゃないけど」
彼女は、僕がいる方向とは反対に首を傾けて、駅に向かう人の流れを見ていた。彼女の目を見て話したいのに、彼女は意地でも僕を見ないようにしているようだ。
「なかなか熱くて飲めないな」
独り言のように呟いた僕に、彼女がゆっくりと顔を向けた。
「冷めてるよ。とっくに」
「え?」
彼女は僕を上目遣いに見ながら、ずずっと音を立てて珈琲を飲んだ。
じっと見つめる彼女の目が言わんとしていることには気付かないふりをして、僕はカップをゆっくりと口元にちかづけ、一口飲んだ。確かに、さっきよりだいぶ冷めていた。
「少し冷めたくらいが飲みやすい」
「そう?」
彼女がまたぷいっと横を向いた。
僕は少し悩んで、彼女の空いている片方の手を握った。
「少し歩こう」
僕に促されて無言で立ち上がった彼女の手をしっかりと握り直す。
彼女がそれを嫌がらずに握り返してくれた感触にほっとした。
「次は、肉まんでも持って現れると思うよ」
僕の言葉に、彼女はぷっと笑った。
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