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りんご箱からもう一度 (#シロクマ文芸部)

りんご箱で愛を育んだ夫婦がいたってね。
世の中には色んな人間がいるのだもの、そういう夫婦が一組いたって不思議じゃあないよね。

彼らの夫婦としての始まりは結婚式だった。
キスをするのは、結婚式の日が初めてだったって。りんご箱のようにお堅い二人だよね。

二人は誓いのキスをする時、りんご箱を2つ並べて、その上に立ったんだよ。
妻の顔にかかるヴェールはなかった。二人はりんご箱から落ちないようにそっと距離を縮めて、初めて唇を重ねた。その時、手を握りあったかどうかは知らない。そこには神父様も、二人のご両親も友人のひとりも居なかったのだから。たった二人だけの結婚式を見守ったのは、2つのりんご箱だった。

・・・


かつて、ある孤児院には、毎年優しい人から大量のりんごが届けられた。大きなりんご箱2つ分のたくさんのりんごに、こどもたちはどれほど喜んだだろう。

こどもたちが全てのりんごを食べ終わった日の夜。
孤児院の院長は、大きなりんご箱を裏口のドアの横に置いておいた。すると真夜中、りんご箱から赤ちゃんの泣き声が聞こえた。

その孤児院では、時々真夜中にやってきて赤子を置いていく人があった。
孤児院の院長は、そのことを知っていて、あえてりんご箱を置いたのではないかな。
少しでも冷たく吹く北風から、大切な命が守られるようにと。

それぞれのりんご箱に納まっていた二人の赤子は、共に孤児院で育ち、共に孤児院を出た。その頃には互いの存在が特別なものになっていたんだ。
二人は孤児院を出るまで、りんご箱を大切にしていた。彼ら二人にとって、この2つのりんご箱は、親であり、友人であり、命の恩人だったんだ。

だけどね、二人は決して結ばれてはいけなかった。だって二人は、年子の兄妹だったのだから。

夫婦になった兄と妹は、夫婦になったその夜に別々の道を歩むことを決めたんだ。
決して結ばれてはいけない夫婦。
彼らは知っていたんだね。
兄は遠いどこかの土地へ。妹は孤児院のある街に残り、それぞれの人生を生きた。

やがて時は経ち、妹は孤児院へ戻ってきた。今度は自分が身寄りのない子供たちに寄り添うことにしたんだ。
妹が孤児院で働くようになると、毎年兄からりんごが贈られるようになった。
兄のりんごはこどもたちと、そして妹を幸せにした。

ところがある年の秋。いつものように沢山のりんごが送られてきた中に、見覚えのあるりんご箱を見つけた。
兄の大切にしていた思い出のりんご箱だ。
妹は、震える手でそのりんご箱の蓋を開けた。
中には兄の衣類、大切にしていた写真、そして兄と生活を共にしているパートナーから、兄が亡くなったことを告げる手紙が添えられていた。

兄のりんご箱が届いたこの年を最後に、この孤児院にりんごが届くことはなくなった。


・・・

「ねぇ、このりんご箱はなあに?」
「どうしてこんな古いりんご箱に院長先生の大切なものを入れるの?」

このりんご箱はね、院長先生の大切なお兄様との、思い出のりんご箱なのよ。
ここで育ったお二人が、仲良くここでまた暮らして行けるように、院長先生の大切なものを入れて、お庭に埋めてあげましょうね。

これからはここで、二人がずっと一緒にいられるように。



[完]


#シロクマ文芸部
#短編小説





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