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もしもデザートがティラミスなら (短編小説)

「はぁ?!なんで着払いなの?!」
私の声の大きさに驚いた郵便局員は、持っていた機械を誤操作してしまい、慌てていた。
送料込が基本の取引きサイトで、この出品者はわざわざ着払い設定にしたってこと?!

「あのう、336円……」
背の低い郵便局員は小さな声でそう言いながら、私の顔を恐る恐る覗き込んだ。
こんなに悔しい気持ちで小銭を払ったことはない。涙が出そう、いや、出ていた。
今日我慢したティラミスは?
我慢した甲斐あって、この小銭がそんなに痛手にならなかったとでも言うの?そんなわけない。この出費さえなければ、次の機会には私は堂々とティラミスを食べられるのだから。

「悔しいよぉ……」
こんなことで泣くなんて。
33歳。だからモテないんだ。
ん?ケチだからモテなかったのか?
ちがうちがう。この336円とモテなかった私の歴史は直結しないはずだ。

そもそも事の発端は、図書館で借りた本を紛失した自分の落ち度だ。それを中古で譲り受けて図書館に返そうとした時点でせこいんだ。
「いやいや、でもさ。図書館は税金で成り立ってるじゃん。借りた時点でボロボロだったじゃん!!」
こういう愚痴、聞いてくれる優しい人が私にはいない。
「なんなのよ。怒り通り越して悲しくなってきたじゃん」
虚しいよ、33歳。厄年だかなんだか、その辺らしい。

「あれ、この出品者、堂々と住所書いてる……」
よく見ると、本を包んでいた紙には出品者の住所と名前が書いてある。
そして、それを見た私はまたしても怒りが沸いた。
「ちょっと待って。この人の住所、隣町じゃない!」
出品者の名は「天野なつ」。住所は隣町、ここから自転車でたった10分の場所だった。
「どんな女よ。天野なつ。今から乗り込んでやる!」
私はこの勢いを失うのが怖くて、急いで外に出た。

夕方の町を久々に自転車で走る。天野家はスマートフォンのマップを頼れば迷わず辿り着けるだろう。隣町は駅と逆方向だから、私はあまり詳しくない。
日の暮れかけた知らない景色の中を、気持ちのいい風を感じながら走っていると、自然と怒りが収まっていた。
「あーあ。もう、こんなんじゃ乗り込めないじゃん」
私はこれまで、何度自分に失望してきただろう。これからもずっと、こんな人生が続くのだろうな。

天野なつの住むアパートに着いた。
「ボロ屋じゃん。だっせ」
勝った、勝った。恐らく私は天野なつに収入面で勝っている。そう思うと、336円を余分に支払ったことも、気にならなくなってきたから不思議だ。
「ボロ屋見てマウント取った私、だっせ」
また虚しさに襲われる。
帰ろう。確かさっき小洒落たラーメン屋があった。
「ラーメン食べて帰るかぁ」
私は少し早めの夕飯にラーメンを選んだ。

ラーメン屋はターゲットを女性客に絞っているのか、カフェのようなお洒落な内装で、急いで家を飛び出した格好の自分を恥ずかしく思った。
「ラーメン屋なんてねぇ、どう転んでもラーメン屋なんだからね」
自分を勇気づける。

メニューには見た事のないような洒落たラーメンが並ぶ。

『オマール海老の出汁を使った……』
『柚子胡椒とローストビーフの……』

「なんだかよく分からないなぁ」
ラーメンにめんどくさい説明はいらない。
私は一番シンプルで安価なラーメンを注文した。
待っている間、バッグに押し込んだ本を取り出して読んでみる。
既に図書館で借りて読んだものだけれど、なかなか良い本だった。
「ああ、そうそう。このシーン、良かったな」
昔の人が書く、この回りくどいものの表し方がおもしろい。だけど、なんだか切なく響く表現が人間臭くていいんだよなぁ。
なんて思いながら本のページをめくっていると、カウンターから遠慮がちにこちらを見る人がいた。
「なんだろ。本を広げてるからラーメン持って来にくいとか?そんなわけないか」
私もちらっとその人を見る。随分とイケメンだった。だけどまぁ、歳下だろう。歳下男子は私の担当じゃない。

しばらくしてその男性が私のテーブルにラーメンを運んできた。
「ラーメンです」
心の中でズッコケてみる。知っとるわ。
「ありがとう」
私は透き通るスープに遠慮がちに浮かぶ可愛い麺をひと目で気に入った。
「あのう」
「はい?」
男性に話しかけられ、顔を上げた。
なぜだか男性がもじもじとしていて、瞬時にイラッとしてしまった。
いけない、いけない。直ぐにイラつく女はモテないんだから。
「なにか?」
私が言うと、その男性は人差し指を私の脇へ伸ばし言った。
「その本の送り主です」

え?
えーーーーー!!
あんたなの?!あんたが憎き天野なつ?!

「え!あ、そうだったんだ。あ、いやー、偶然!私隣町に住んでて、住所見たら近かったから、何となく自転車できてみたんだけど……。別に貴方に用があったとかそういうんじゃないからね。ははは!」
大嘘つき。
天野なつも愛想笑いをしている。
「僕も、住所見たら近かったんで、郵送料着払い設定にしたのが申し訳ないなーなんて思ってました」
そうよ。そこなのよ。私がここにいる理由!
そういう、虚しさみたいな感覚、ちゃんと備えてる奴なのね。それがわかっただけでも、なんだか来た甲斐があったような……。

「まぁ、仕方ないよね。家の近さなんて偶然なんだから」
私は作り笑いをした。着払い設定なんて二度と使うな!とは言えなかった。
「なんか、偶然とはいえここで会えたので……これ」
天野なつがテーブルに小さな紙を乗せた。
「ん?なに?」
手に取り、見てみると『デザート無料券』と書いてある。
「え?なに?これ、サービスしてくれるの?!」
「はい。もし良かったら使ってください。チーズケーキか、ティラミスですけど」
ティ、ティラミスゥ?!
「えっ嘘!ティラミス超嬉しい!ありがとね!」
私は馬鹿丸出しで喜んだ。
「ありがと~天野なつくん!」
私が言うと、彼は微笑んで言った。
「いえいえ、どういたしまして。にゃんにゃんパンチさん」
登録ネームで呼ぶなよ!!とは突っ込まなかった。

天野なつはすっきりした表情でカウンターの中に戻って行った。
私はラーメンをすすりながらティラミスのチケットを眺めた。『350円デザートチケット』と書かれたその350円の部分に赤い斜線が引いてある。
今日はラーメンの汁を全部飲むのはやめようと思った。
それから、こっそりカウンターの中のイケメンを見た。

また食べに来ようかな、なんて。



[完]


#短編小説


※メルカリの着払い設定の商品には気をつけよう~と思った経験から書きました。








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