送信履歴♯♭9 〓接触〓

結論から言わせてもらえれば、よかったじゃない。結果オーライだ。
結果という表現を使ったけど、本当の結果はこれから出るものなんだけどね。
そんなに簡単に人間関係が回復するとは、にわかには信じられないもの。

僕たちはこれまで、雨を降らせて地を固める方法を選ぼうとしていた。確かに“雨降り地固め法”もアリなんだけど、恣意的に刺激して触発させるのは、仕掛けるほうにはものすごい労力と精神負担がかかるからね。ある意味、すれ違い諍いに悩まされている今現在のストレスより厄介かもしれない。

雨降り地固め法は博打みたいなもので、失敗すれば関係はよけいにこじれる可能性がある。それでも時と場合によって仕掛ける価値はある。うまく機能しなくなった人間関係が放置できないほどこじれた場合などに。
無益な精神的消耗が続いているわけだから、不必要な空気をごっそり入れ替える必要性に迫られていたから、まさに使い時だったかもしれない。
うまくいけば、明るい明日じゃないけれど、健全な仕事環境が待っている(もちろん、うまくいかないリスクは常につきまとう)。
手間がかかりリスクはあるけれど、何もやらないよりははるかにマシだ。僕たちはそう考えていた。

ところが不可抗力的に横槍が入って、やらなくてもよくなったわけだ。
とりあえずの算段は、実行する前にクリアできたわけだ。
なにより、と言えるだろう。
でもどうして急に彼女は君に、まるでマジシャンが手の平から白い鳩を出すみたいにそんなことを言い出したのだろう?

〉「あなたの本心が流れてきたわ。競歩と散歩ほどの速度差はあるけれど、目指しているところは同じだということがわかったの。歩みの速度は違うけど、あなたを認めてもいい。今はそう思ってる。いえ、思っています」

だって?
どういうこと?
悪く取りたくはないけれど、トラップ? 違った思惑の匂いも感じないわけじゃない。

だけどね、思いもよらないことは君のまわりで起こっているだけじゃなかった。
不思議な現象は僕の周囲にも起こっている。
少し長くなるけど、追ってもらえるかな。
この前、送信者不在(空欄)のメールをもらったことは書いたよね。その謎の人物からメールがきたんだ。やはり文字化けしていて、何が書いてあるのかわからなかった。それを、そう、グーグル翻訳にかけてみた。
すると、僕と会話するためにメールをよこしたことがわかった。
以下、何度かやりとりしたものをコピペする。読み進めると、驚くことになると思うよ。

(【受信】差出人:     )
〉このメールは、漏れ出したものではありません。
〉意志をもって書いています。
〉このメールを受け取った人は誰ですか?

いかにも怪しげでしょう?
でも、不審なメールには興味があったから返信してみることにした。僕のアドレスはすでに知られているわけだから、よけいなことを書かなければ知られる素性はほかにない。
僕はそのメールに返信した。

〉あなたは誰?
〉前にもメールをくれましたよね?(【送信】)

(【受信】差出人:     )
〉そこにいましたか。といっても、画面の向こうに気配を感じるだけで、そこがどこかはわからないけど。
〉こちらはファイルキーパー、いや、タイピストが書いています。ファイルキーバーが文字をつなぎ、タイピストが記憶マシンに文字を打ち込んでいます。

〉ファイルキーパー? タイピスト?
〉新手のイタズラですか?(【送信】)

(【受信】差出人:     )
〉イタズラ? それは何ですか? 伝達方法ですか?

〉伝達方法? どうしてそう思うの?(【送信】)

僕はこの時、相手が僕をからかっているのだと直感した。そう思わずにいられなかった。だって、話の流れが奇妙すぎるでしょ、どう考えたって。それにメールの送信者は自分たちの呼び名や言葉遣いから大人とはとうてい思えなかった。幼少児とまではいかなくても、拙い文章から少年少女だろうと目星をつけた。
僕は返信を待った。だけど僕の最後の質問に回答はなかった。しばらくは。そして数10分後に返信が来ることになる。待ち時間は、まるで長いこと「イタズラ」についてを考えていたような間だった。

(【受信】差出人:     )
〉イタズラではありません。
〉ワタシタチは困っています。危機的状況です。だから助けを求めています。
〉ワタシタチは、何をどうすれば元に戻るのかわからないのです。

〉元に戻るってどういうこと?(【送信】)

(【受信】差出人:     )
〉タンテキに言えば、ワタシタチがワタシタチでなくなろうとしています。
〉ここになくてはならないものがどうやら漏れ出しているようなのです。
〉ここになくてはならないものは、今、そちら側に漏れ出しています。おそらくですけど。

〉証拠を見せましょう。
〉『今は「観察と調査」だ。そして、必要な衝突(必要最小限のね)』
〉とあなたは書いていました。
〉あなたの書いた文章なんて、ワタシタチでなければわからないことです。

そこまで読んで、僕は幼いハック集団を想像せずにはいられなかった。ITに詳しい幼少のプログラマー集団だ。だけど、メールを読み進めていくうちに、僕は思い違いしていたと気づくことになる。

〉ワタシタチには、あなたがたの会話内容など何の意味もありません。送信済ボックスに放り込まれたメールが届くと受信箱から引き出し、封を切り、よくわからない言葉で書かれた言語を翻訳しながら読み上げ、記録マシンに一言一句を漏れなく打ち込んでいきます。
〉それからそれをメディアに記録し、書棚にしまって保存します。

〉ところがある時、ワタシタチの記録マシンがショートを起こし、気難しい声をあげました。
〉あなたのところにも同じことが起こったと、あなたは書いていました。その時、きっとワタシタチの記録マシンとあなたの記録マシンがつながったのだと思います。
〉プルマンは、ワタシタチの記録マシンに紛れ込んだメールはあなたからのものではないかと考えました。もちろんその瞬間はまだあなたとは特定できてはいませんでしたが。
〉引きつける力をもったプルマンが真実を引きつけたのです。まさにミラクルです。

〉あなたはあの時『必要な衝突』を仕掛けようとしていた。
〉最初、ワタシタチに必要な衝突が何を意味するのかわかりませんでした。
〉ところが漏れ出し始めると、流出してしまったものと関係していることがわかってきたのです。

〉ワタシタチは共有できなくなりつつあります。
〉共有ができなくなると、衝突が起こることもわかってきました。
〉つまり衝突は、共有できないから起こる現象だということになります。

〉プルマンは、いずれあなたのところに、漏れ出した共有が広がり出すだろうと推察しています。
〉割と早い段階で、それは起こります。
〉心当たりはありませんか?

君からのメールを読んで思ったんだけど、今まさに君の会社で起こっていることじゃないのか?

(続く)

この道に“才”があるかどうかのバロメーターだと意を決し。ご判断いただければ幸いです。さて…。