送信履歴#7 少し様子を見てみよう。

部長は前職で君の仕事ぶりを見て君を信用したから引き抜いたんだと思うよ。だからそのポジションを与えられた。
部長には今、味方というか支えが必要なんだと思う。
君に喰ってかかる彼女は、降って湧いたように現れた君の存在がおもしろくない。目の上に現れたたんこぶ。あるいはスカイネットが寄こした侵略者に見えたかもしれない。

彼女がジョン・コナーだったら、是が非でも自分の世界を守らなければならないと考えたはずだ。
つまり君は彼女にとって、存在していてはならない敵だったんだよ。

彼女を突き動かしたのは彼女の正義。
それはそれで間違っているとも言えるんだけれど。
だって、営利目的の組織に自分の我を押さえることをしないで、欲求を理論で正当化して驀進しているわけだから。
組織として動かなければならないその調和を乱していることにほかならない。

部内に怪しい雲行きが発生したな、ということは、その部長ならすでに掌握していると思う。その部長、きっと切れ者でしょ?
部長は生じている歪みみたいなものを知っていながら、それでも君の立ち位置を変えようとしていない。つまり部長は、今現在抱えている部内の不協和音を容認していることになる。
そこには理由がある。
察するに、ふたつの意図がある。
ひとつは、君にクッションとして機能し続けてほしいという思いから。きっと部下の彼女を信用していないんじゃないかな。だから距離を保っておきたいんだと思う。君以外に適任はいないから、君を動かせない。たぶん。
そしてもうひとつは、信用はしていないけど、部下の女性を信頼している。仕事は完璧にこなすしミスもない。そんな仕事ぶりは、戦力として認めざるを得ない。だけど、いつ抜けられるかわからないという怖さ。仕事ができて意識が高いということは、自分を売り込めば引き抜きリスクもある。

そのリスクを減らすにはどうすればいいと思う?
意識を会社に向けさせておくことだ。
人によっては褒めて伸ばす、自己肯定感の後押しをする、そんなプル型の引力のほうが効果的な場合もある。
だけど彼女に対して有効なのはプッシュ型の刺激だ。上からぎゅっと蓋を被せると「なにくそっ」と反発する。会社に目を向ければ、もっている能力以上の力を発揮する。

おそらくだけど、結果を残して彼女が会社に腰を据えてくれるようならば、ポジションを用意すると思うよ。
ぼくが君に対するアドバイスはひとつに絞られているけれど、周りから話を固めていくね。

まず、いくつか考えられる解決法を想定してみよう。
彼女に実力があって、君が今のポジションに執着していないのであれば、部長にポジションを入れ替えてもらうよう進言する。
まあ、ひとつの手だ。
実現すれば、彼女は目の上のたんこぶの上に立てる。未来からやって来た侵略者を踏みつけ、優位の美酒に酔える。
彼女はハッピーだ。
だけど部長は困ることになる。
部下の彼女にしても、しばらくすると何かが違うと感じ始めるだろうから。だって部長は彼女を信用していないんだもの。どんなに的を射た提言をしようが、ひとりの力で組織は動かない。労働力のキャパシティを把握することも必要なら、余力があるかないかの判断もしなければならない。根まわしも必要になる。それらを無視して組織という歯車はまわらない。
その歯車を今の彼女じゃまわせない。
「こんなはずじゃなかった」、意識の高い彼女は、昇りつめた先の組織で歯車がかみ合わなくなっていることにじき気づくだろう。疑問は解決を探すけれども、どれだけ考えてもゴールには辿り着かない。なにがそうさせたのかはわからないんだ。
なぜなら、彼女の思考は上昇志向で、一方的に打ちあがるだけだ。噛み合うことで全体が動くということを考えてこなかった。
仕事を早く切り上げた同僚に「仕事終わったのなら、これやっといて」と自分の仕事をふるだけじゃだめなんだ。物量は均せるけど、モチベーションは上げられない。
こんなことを繰り返していると、やがて彼女は浮力を失くし、歯車に挟まれた鳥も同然になる。
結果は?
にっちもさっちも、という状態。デッドエンドでジ・エンド。
ま、終わり、というのは大げさだけど。

今度は、君が就労継続を拒否することを考えてみよう。
辞めちゃう、ということだ。
すると、とたんに部長が窮地に陥る。クッションを失くした組織は、油の切れた歯車。ギイギイと不快な音をたて、しまいに焼きつきひび割れて、クラッシュ。機能を停止してしまう。
君は逃げ出すことで解き放たれるかもしれないけれど、部長に君の負荷をそのまま投げ返してしまっていいのだろうか?
転職する時に、覚悟は決めていたわけでしょう?
どれだけスキルと経験があっても、フィールドが変われば新人扱いだ。圧倒的パワーがあって、それをもってねじ伏せる度胸と決意がなければ、新天地に向けた意欲は現場で失速する。
そんなこと、部長にはわかっていると思う。失速してもいいんだとね。部長が期待するのは、君がその実力をもって現場をねじ伏せることなんかじゃない。だから君を後方支援しているんじゃないのかな。

さて、いよいよ言いたいこと。
衝突は、主張と主張とがぶつかることで起こるものだ。
現状、彼女の正義と、君が今のポジションでやらなければならないと考えている正義とが今真っ向からぶつかっている。
どちらが合っているという問題じゃない。どちらも合っているんだよ。
意識の高い彼女は上昇志向を軸に会社に貢献しようとしている。
君は部長の意図を汲んで会社に貢献しようとしている。
でしょ?
ならわかってもらえるはずだ。
貢献の種類が違うだけで、向かっているところは同じなんだ。

どちらがいいか? 数値化できれば点数が高いほうが「いい」に決まっている、と言えるかもしれないけれど、営業の成果を競っているわけじゃない。点数をつけられないフィールドでどっちが上かを競っている。ぼくにはそんなふうに見えて仕方がない。

右を選べば左には行けない。フレンチを食べれば中華はもう入らない。ぼくたちはひとつを選ぶたびに少なくともひとつ以上を諦めている。諍いや嫌悪を伴わない選択には寛容なのに、不安素材が絡んでくると、とことん悩んでしまう。そしてなぜか結論を急いでしまう。
人の感情っていうものは、つくづく不思議なものだと思うよ。
そして君は今、諍いや嫌悪を伴う選択の岐路にいる。
さあ、どうする。

ぼくが君に提言したいのは「とどまってみる」だ。
急がなくてもいいじゃないか。
右にも左にも行かず、まずはどちらがいいか、とどまって考えてみる。

もしかしたら、真ん中に道が拓けるかもしれない。

フレンチも中華も、どちらも選ばなければいいじゃない。
お腹が空いたら鴨南蛮を選ぶ手もある。
もう少し観察してみたら?
結論を出すのはそれからでも遅くはない。

少し様子を見てみよう、とぼくは思う。
 いや、ぼくも思う。
 あれ?)

PS 人は責められると全人格を否定されたと思い込む傾向がある。だから責められるとムキになって攻撃に転じることがある。
自分が責められると全人格を否定されたと思い込む傾向がある。感情が攻撃に対して壁を作らないと、いや作ったとしても、内側ではひどく落ち込む。
でもそれは勘違いが起こす幻覚だ。指摘されたのは微細で極小の1点にすぎない。全人格にかかわるものなんかじゃない。それでも人は往々にして人格を否定されたと勘違いしてしまう。

またスマホがショートしたような音をたてはじめた。
そろそろ寿命かな?

というわけで取り急ぎ、と言えるほど短文ではなかったけれど、ひとまずはここで。

(続く)


この道に“才”があるかどうかのバロメーターだと意を決し。ご判断いただければ幸いです。さて…。