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粒子概念は仮説である

現象と概念の間にある深い谷

 中1理科「状態変化」では,物質を温めると固体は液体になり,やがて見えない気体に至ることを学びます。一方,気体を冷やすと液体になり,やがて固体に戻ってくることができます。このことから,固体,液体,気体の物質は共通の「実体」を持つのではないかと推測できます。

 この実体とは一体何だろうか?と問うた時に,たぶん答えは一通りではないでしょう。人によって様々な解釈が可能なはずなのですが,理科ではここで「物質は粒子でできている」という解釈を一方的に教え,それを唯一の正解とします。私は,この天下り的な教え方に心理的な抵抗感を感じていました。

 認識の段階としては,まず対象を視覚で捉えて,固体,液体,気体の性質に注目する。次に共通点について考えて,それを抽象的に捉えます。この抽象概念は,3種類の物質の状態に共通する「何か」があるはずだ,という推論に過ぎないのであって,それ以上の内容を持っていません。三態変化の現象から帰納的にわかることはここまでで,行き止まりです。

 教科書は,この「何か」の正体は「粒子」であると,ある意味強引に仮定します。これが粒子概念という仮説です。しかし,この粒子概念と,現象から推論される「何か」の間には,超えることのできない深い谷があって,両者は必然的な結びつきがありません。生徒たちはこの谷を目の前にして「ジャンプしろ」と言われながら足を竦ませているのです。

 数学であれば,公理から出発して,様々な定理に至る過程は完璧な論理の輪で繋がっています。しかし科学における仮説は,完全な証明に至ることはありません。「なぜ物質は粒子からできていると言えるのか?」という問いは,中学理科の範囲では全く答えることができません。

予測がテストを可能にする

 カール・ポパーという人が言う科学論によれば,なぜ「粒子がある」と言えるのか,論理的な説明ができなくてもかまわないと言います。そうではなく,科学にとって重要なのは,仮説を立てることによって予測をし,その予測が他の現象を説明できるかどうかテストできることです。

 もし粒子の存在を仮定するならば,状態変化以外の現象,例えば化学変化を説明できるかどうか,実験することが可能です。実験の結果,化学変化も粒子の考え方で説明できるのであれば,粒子概念はその妥当性を増すことになりますが,完璧な証明ではありません。なぜなら宇宙の全てを調べ尽くすことなどできないからです。

 やはり化学もサイエンス(科学)の一部なんですね。科学にとって,大胆な仮説を立てることはとても大切なのですが,その仮説を作った段階では,それを支える証拠はとても少ないです。「本当なのかな,正しいのかな」という不安が,いつも付きまといます。そして,その不安は完全に拭い去ることはできない。それが科学というものなのかもしれません。

正解以外の考え方を探せるか

 「間違ってはならない」という無言の圧力がある学校や社会の中で,子供が大胆な仮説を立てることは難しいでしょう。大学に入学するためには試験を受ける必要があって,そのためには「正解」を知る必要があります。ところが,大学に入った後に求められるのは「正解」とは違う,新しい仮説を立てる能力です。

 しかし,高校までの学校教育では仮説を立てる練習はあまりできませんし,正解を選ぶ訓練をすればするほど,正解から離れたものの見方や考え方が難しくなってきます。「そんなこと,考えたこともなかった」という仮説を立てられる人が研究で成果を出すことができます。自由な思考を促すには,どんな教育が必要なのか。私もいろいろな仮説を検討しているところです。

まとめ

  • 実験から帰納的に得られることと,心の中で作り出した粒子概念の間には,論理的なつながりは何もない。これが仮説を作ると言うことである。

  • 仮説を作る目的は,予測を行うため。予測と現実を比較する実験によって,仮説の妥当性が判断される。

  • 正解を選び取る訓練は,新しい仮説を立てることを難しくする。正解以外の考え方を探すためには自由に考える必要がある。



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