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イジョンジェ監督「ハント」が投げかける灰色の世界

 2023年10月8日、パレスチナ自治区ガザを実効支配するイスラム組織ハマスがイスラエルに大規模な攻撃を行ったというニュースが流れた。
 パレスチナとイスラエルは共に和平を願っているはずだが、そう簡単に事は進まない。

(以下、ネタバレ注意)

韓国独裁政権下のスパイアクション映画は善と悪で語らない


 ジェリさんことイジョンジェの初監督作品である。それどころか、製作、監督、脚本、主演までこなしている。しかも傑作だ。

 韓国の第五共和国時代を描いたものは色々あるが、市民軍でも戒厳軍の話でもなく、旧KCIA安全企画部に所属する海外担当パクピョンホ(イジョンジェ)と国内担当チョユジョン(チョンウソン)の2人の対立を軸に描かれているのが珍しい。

2人の混乱や葛藤の度にアクションシーンが繰り広げられる。

 パクピョンホ(イジョンジェ)は在韓10年以上の実は北朝鮮スパイだ。
 韓国の独裁者全斗煥暗殺を成し遂げることで、北にとって優位な立場で朝鮮半島の平和統一をできるという目的を持っている。
 対するチョユジョン(チョンウソン)は軍人あがりだ。光州事件で罪のない市民が犠牲になった現場を見て覚醒し、自身が行ったことの罪悪感を拭うが如く独裁者全斗煥暗殺と民主化が必要であることを信じて疑わない。

 2人とも独裁者に忠実で、スパイ“ドンリム”を見つけるために邁進する人間だが、実は同じ目標を持つ者だ。
 悲しいことは、この革命家気質の2人は目的のためなら同僚をも手にかける。暴力のない世界の実現のために、暴力を駆使しなければいけない2人の内的葛藤は苦しいが、中々共感しづらい。

アジョシ、それは古っ!と代弁してくれるもう1人の北朝鮮スパイ


 2人が行う“平和のために暴力は辞さない”は正当化できるのか。
 それを代弁してくれるのが、パクピョンホを監視するために送り込まれたやはり北朝鮮スパイのチョユジョン(コユンジョン)だ。

擬似家族としてパクピョンホ(イジョンジェ)を監視するチョユジョン(コユンジョン)
“ロースクール” “還魂” “ムービング”と引っ張りだこだ。

「世界は変わっているのに愚かだ。」
「独裁者より独裁者の手下も悪い。」

 彼女の新鮮な思考は、スパイでありながら市民の民主化運動を目の当たりにして新しい価値を感じ取り、北朝鮮独裁政権に疑問を感じたからに相違ない。パクピョンホやチョユジョンとは違う価値を持つ新しい世代の代表として描かれていたように思う。特に女性性を武器にする女スパイとして、在りがちな典型に描かれていないところがリアルで好ましい。

走るシーンが予想外に多くて、ギャラの交渉をし直そうかと思ったというチョンヘジン。

 それはピョンホの右腕として完璧な仕事ぶりを見せるパンジュギョン(チョンヘジン)も同じだ。有能が故にパクピョンホがスパイ“トンリム”であると気づいてしまう。
 大事な役割の女性キャラクターに対するイジョンジェの視線がとてもいいのだ。既存の監督たちが無頓着に扱ってきたアクションスパイものの女性キャラクターを、ぴしゃりと封印させてて拍手喝采。

マジックミラー越しの対立


 私が一番印象に残ったのは、拷問や強制自白をさせる取り調べ室のマジックミラーを挟んでパクピョンホとチュユジョンが対峙するシーンだ。

冴え渡るイジョンジェの演出力!


 観ている私たちには、2人がお互いに対話をしているように見えるが、マジックミラーではお互いを見つめ合うことはできない。相手に話しかけている言葉は、自分自身に語る言葉であり、お互いの顔は鏡の中では同じに見えるかもしれない。お互いの信念の違いや交差、または目標の一致など、映画の中で2人の対立は、このマジックミラーのシーン以外にも何度も見せてくれる。

 そしてクライマックスの2人は、大統領暗殺未遂現場から上がる巨大な灰色の煙の中で、スーツ姿もヘアスタイルもそっくりで、もはや同じにしか見えない。
 白黒はっきりと違うように見えていた2人の対立は無意味だったのだろうか。理念の本質は理解し合える人間だったのではないだろうか。

仲良し清潭夫婦はどこに?

80年代の話は現代へと繋がれる


 ラストはピョンホが娘のように思ってきたユジョンに

あなたは違うように生きることができる

 と言って、韓国のパスポートを渡す。
 次世代に自由に生きろというメッセージ。
 これこそがイジョンジェがこの作品で言いたかったことではなかったか。
 
 私たちはいつか過去になる現在をどのような視点を持ち生きていけばいいのか。その視点の中にある葛藤も本質も忘れてはいけないと言われているように感じた。
 
 次回作を期待されてしますイジョンジェだが、

私は演技がしたい。

そうです。

“N”の字が鏡面になっているのには深い理由があったわけだ。

ジェリさん、お楽しみをありがとう。


 「ハント」のもうひとつの観戦ポイントは、スターたちのカメオ出演だ。
 チュジフン、パクソンウン、チョウジン、ファンジョンミン、イソンミン、ユジェミョンなどなど。特にキムナムギルの扮装は、ちょっと見つけにくいかも。
 またエンドクレジットには、イジョンジェの片腕を演じたチョンヘジンの夫であるイソンギュンの名前も観ることができます!


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