空っぽになった木のようになっても。
すっかり寒くなって木が赤や黄色に染まっていく中、散ってしまって何も残らない木も目立つようになってきた11月。
私は少しの不安と罪悪感を抱えて、彼と家族になった。
結婚というのは、この空っぽになった木のようになっても側にいるという約束だと思う。
私は赤や黄色に色づいていたいのでは無い。
ただ平和に寄り添いあって生きていたい。
こんなに枯れてしまったとしても、いずれ時間が経てば青々とした葉をつける。
その当たり前のサイクルを当たり前に生活の中で一緒にやっていきたいのだ。
そしてちゃんと周りの人にもわかってほしい。
どう足掻いたって、彼は私の大事な家族だから、それを奪うことなんてできない。
綺麗に咲く花には、どうしても虫が群がってしまうことは重々承知ではあるが、法がそれを許さない。
私は法という殺虫剤を撒く権利を手に入れたのだ。
ただ正直、色んな引っかかる部分はある。
多分なんかある。
ただもうどうしようと真実は私には分からない。
言葉ではどうとでも言えてしまう。
その全てを私が体験しないと分からないのだ。
「ならば信じていよう」
そんなふうに頭をすっからかんにもできない。
だから私は今日も自分の世界で、自分の考えを抱き締める。
それがまるで真実かのように。
そして怒り、悲しむ。
それを60年間続けることができたのであれば、もうそれでいいのではないか。
きっとたくさんの迷惑をかけてしまうけれど、もう散々この2年間、嫌いになる理由を与え続けた結果が結婚という答えなのであれば大丈夫だろう。
私はこの安心の中で不安を作り続け、彼と生きていく。
もう誰にも介入できない。
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