ショートショート「ペガサス」

失恋してムシャクシャしたので、気晴らしに山登りをした。
山頂についた。いい眺めである。
ここで普通なら「ヤッホー」などとサワヤカに叫ぶところだが、そんな気が起きるはずもなく、
「バカヤロー」と叫びながら、空に向かって大きめの石を投げた。
すると、下のほうから『ぷぎゃっ!!』みたいな何か叫び声?のような音が聞こえた。
何事かと思うのも束の間、羽の生えた真っ白い馬がゆっくりと視界の下の方から昇ってきた。
「え、ぺ、ペガサス!?」
よく見ると、馬には額に大きなタンコブがあり目が血走っている。
「……さっき石を投げたのはお前か?」
さすがペガサス、当然のように人間の言葉を話す。
しかも、なんかよくヤクザ映画で見るような妙なイントネーションだった。
自慢じゃないが、俺は危険を察知する能力は人より優れている。
とりあえず、速攻で土下座する。
「おゆるしください! このとおりでございまするっ!!」
「うむ、わかった。私も伝説の神獣だ。罪を憎んで人を憎まず。すべてを水にながそう。……ところで下りの道のりも長い。ふもとまで乗せていってやろう。私の背中に乗るがよい」
「……本当は途中で振り落とす気でしょ?」
「うん」
慰謝料?としてニンジン300kg……で話がついた。

結局、食い意地がはっているため一刻も早くニンジンが食べたいペガサスは、俺を乗せて山を降りる事になった。
「乗せてくれるのはいいけど、人に見られたらどうするんだ??」
「大丈夫。この翼は普段は隠している」
なんと、翼が煙のように消えた。が、驚いたことにペガサスは空中に浮かんだままだ。触ってみると確かに翼は存在するので、透明……というか不可視にできるようだ。また、どうやらペガサスは翼で飛んでいるのではなく、自身の神通力?で空を自由に移動しているらしい。つまり翼はただの飾りで、飛ぶのにはばたく必要もないようだ。
ふもと近くになると、地面ギリギリを浮遊して足を動かす。するといかにも地面を走っているように見える。
「地面を走らないの?」
「こちらの方が早いし、ラクだ」
……横着だなあ。と思ったがすぐに別の考えが閃いた。
まてよ、これはスゴイ!! 金になるぞ。
「ペガサスさん、ちょっと話があるんだが……」

俺はふもとにつくと、古くからのダチである中央競馬の厩務員に連絡し、馬用のトレーラーを回してもらった。そしてそのままダチの勤める牧場へ。
ヤツもペガサスを見ると目を白黒させていたが、俺の計画を聞くとすぐにのった。もう一人、騎手も抱き込み利益は山分けにすることにした。
ペガサスには毎日ニンジン500Kgを支給する事で話をつけた。
便利なことにいくら食べても太らないらしい。さすが神獣だ。

こうして、俺はペガサスを競走馬に仕立て上げ、JRAに登録した。
なにしろ、走っているフリをしているだけで実際は飛んでいるんだからメチャメチャ早い。連戦連勝である。
アナウンサー「また、『ムテキトンデール』先頭を走っております!!」
解説員   「この馬は変わった足の動かし方をしますね。新種のギャロップ走法でしょうか」
突如、彗星のごとく現れた謎の馬『ムテキトンデール』はG3、G2、G1とすべて無敗、あらゆる賞を総ナメである。
競馬で儲けるには馬券を買うのではなく馬主になることだ、と聞くが大金がどんどん入ってきて実際、笑いが止まらない。
気が大きくなった俺は出走可能な全ての重賞レースにペガサスを出走させる事にした。
普通の馬なら無理な過密スケジュールでも連勝し続けるので、何か特殊な調整法があるのか?と話題になったが、なにしろペガサスは実際は全く走ってないので疲れはない。
さらに便利なことにニンジンが大好きで、何勝しようが報酬を釣り上げてくることもない。まあ、神獣といってもしょせんは馬である。
一度、聞いたことがある。
「ニンジンだけでいいですか? たまにはイモや豆なんかどうですか??」
と、いきなり怒り出した。
「な、何だとっっ!! わたしにヤサイを食べろというのかっ!!」
……どうもヤツにとってニンジンは野菜じゃないらしい。

その日のレースは『ムテキトンデール』初のダートコースであった。
今まで芝のコースばかりだったが、なにしろ実際走っているわけでもないし、まあ勝手が違って困ることはなかろう。
前日から小雨が降っていてコースはドロドロ、ペガサスの機嫌はよくない。
レースが始まった。
アナウンサー「各馬、密集隊形、一群となって最終コーナーにさしかかります」
解説員   「一番人気の『ムテキトンデール』最後方ですね。私、馬券買ってるんですが……」
アナウンサー「おおっ!『ムテキトンデール』大外から一気に追い上げてきました。一気に全頭ゴボウ抜きだ!?」
解説員   「走れっ『ムテキトンデール』! 私のこづかいの為に!!」
(なに言ってんだ、このひと)
『ムテキトンデール』が最後のコーナー大外から追い上げる。
ペガサスはプライドが高いので一般の馬と群れるのをいやがるし、見えないとはいえ翼もある。そのため、密集した馬群に交じるのは避けていつもこの作戦をとっていた。
アナウンサー「『ムテキトンデール』、圧倒的な速さでゴールイーン!!」
解説員   「やったー! 今夜は六本木だ!!」
(六本木って……あんたいったい、いくら賭けてんの??)
結局、そのまま一等でゴールイン。楽勝だ、思ったその時大きな落とし穴があったのだ。
『ムテキトンデール』がゴールインした後、観客席がざわつき始めた。
観客    「おい、コースを見ろ。足跡がないぞ!!」
確かに雨でぬかるんだゴール直前のコース、コーナー内側には多数の馬の足跡があるが、『ムテキトンデール』の走ったはずの大外に足跡がない。
観客A    「これはいったい、どうなっているんだ!」
観客B    「いつもウソみたいな勝ち方してるが、何かインチキしているんじゃないのか」
観客C            「JRAの運営はどうした!? すぐに真相を調べろ!!」
これはまずいかも……『ムテキトンデール』の正体がばれたら一大事だ。
とりあえずペガサスを人目につかぬところに隠さねば!
俺はあわてて馬主席からトラックに向かった。

息を切らしてかけつけると、ペガサスはのんびり報酬のニンジンを食べている。
食い意地のはったこいつは毎回、レース直後に500Kgのニンジンを食べつくすのだ。いつもは食べ終わらないとテコでもうごかないのだが、今回はそうもいっていられない。
なんとか騎手と一緒にペガサスを連れ出そうとする、やっぱり動かない、でモタモタしていると報道陣に取り囲まれた。
見ると競馬新聞……だけではなく大手新聞社やTV局もいる。
記者A    「足跡がついていない、いったいどういう事ですか!」
記者B    「CGを使ったトリックとのウワサもでてますが、真相は?」
俺がたじたじとなっていると、目の隅にこっそりと騎手が離れていくのが見えた。あいつ、自分だけ逃げる気か~。
そこへ、さらに追い打ちをかけるように
記者C               「何か、インチキしてるんじゃないの!?」
それを聞いたペガサスが怒り出した。
ペガサス   「インチキとはなんだ! 私は誇り高い神獣だ。駄馬どもとまともに競争などできんから、走るふりをしてつきあってやっただけだ! もう、知らん。やめだっ~!! 」
報道陣は馬『ムテキトンデール』がいきなりしゃべりだしたので、あっけにとられてだまりこんだ。
すると、『ムテキトンデール』の背中に銀色の翼が生え……そのまま空に飛び立つと、みるみる小さくなっていった。

見ると、ニンジンはすべてなくなっていた。
俺は一人、つぶやいた。
「立つ鳥、跡を濁さず。ペガサス、ニンジン残さず。か」


(了)


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