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想い出に涙する

 ある日、あるブログに初めてコメントした。
 そのブログは何年も前から公開されていてずっと読んでいた。いや、それ以前に、彼が写真を撮りレポートを書いていた雑誌を、小学生の終わり頃か、中学生のはじめの頃からずっと読んでいた。彼は子供の頃から最も敬愛するヒーローの一人だ。
 そのブログを書いてらっしゃるイチローさんは、先日七十歳の誕生日を迎えられたばかり。彼は、その方面では一流のフォトグラファーで、彼の写真を見て育ったファンが世界中に大勢居る。 


 書いているブログの中で、これまでの膨大なノウハウも、教訓も、自らの失敗も、写真も、過去に商業誌に掲載された記事すらも、無償で公開している。
 ギャラも高額で引く手数多の忙しさの中(現在はセミリタイア中)、様々な試行錯誤を続けていて、後続に何の見返りも無く伝えられる事を伝えようとしている。
 猛烈に忙しい筈なのに、かなりの数のコメント全てに目を通し、心のこもった返事を書き続けている。うっかりすると、コメントを膨らませて、長文の返信をするくらい、それはそれは心のこもった対応だ。

  彼は若い頃単身渡米し、コネも金も無く大変な苦労をして今に至っている。当時のロスだから、まだまだ人種に対する偏見も強かっただろうし、その中から這い上がって行くのは、並大抵の事では無かったはずだ。しかし、強いマインドセットと洞察力、行動力が、自分とその周りの世界も変えてしまう事を証明した人だ。決して一握りの天才なんかじゃない。常に人を上回る努力をして常に学習し、諦めずに考えて改善して生きて来た人だ。
 何のコネも無かった日本人が、FBI SWATのスナイパーの教官と友達になって、プロに混じってトレーニングを受けられる筈も無いのだが、彼は若い頃、すでにそこに潜り込んで、FBIのスナイパートレーニングを受けていた。本来取材どころか、見るのも御法度のUS NAVY SEALチームの取材もするし、メーカーから開発中の銃器(もちろん本物)のプロトタイプを送られて意見を求められたりもする。 

 若い頃から、競技にも出ないで、銃の良し悪しを語るなど滑稽だと言い、ずっと射撃競技の現役で、今でもシニアクラスではトップを走る。(実はUS Bianch Cupで全米8位になったこともある。)

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 その彼に初めて会ったのは、三十年近く前、あるイベント会場でだった。
 その時、参加者はちょっとしたテクニックの講習を受け、その後でサインをもらった。「すいません、サインをお願いします。」それしか言えなかった。
 時は流れて、その方面の趣味への興味が薄れていた時期も長かったのだが、彼の書いた記事には時折触れていて、忘れる事はなかった。彼の書くレポートは、基本的に銃の解説などが主な内容だが、その底流には常に人間の生き方が垣間見えていた。

  彼も高齢になり、もしかしたらもう二度と会えないかも知れないと思うようになった。だが、まさかアメリカまで押し掛けて行くわけにもいかないし、時々来日するけれども、仕事で来るわけだから、邪魔になってはいけないし、そんなところへノコノコと、あちらには何のメリットも無いのに貴重な時間を使わせるわけにはいかないではないか。
 多分その考えを話したら怒られるとは思うけど。
 まぁ、そこまでシリアスに考えたわけではないのだけど、なんとなく寂しさを感じていたわけだ。
 ところがある日、来日する仕事の合間に、「日本では刃物による事件が多発しているようだから、対ナイフ護身術訓練でもやろうかね~、来たい人は来なさいね~」という呼びかけがあった。 
 マジか?!
 えぇ、すっ飛んで行きましたとも。
 チャンスは行動する人間にだけ与えられるんだ。
 募集はブログで告知された。参加費は千円だけど、単に会場代としてそのくらいかかるからと。スタッフもみんなボランティア。
 実は参加者には、土産の類いは持ってくるなと釘を刺されていた。にも関わらず、過去のブログの記事から、彼が良い日本酒を少しだけ嗜む事を知っていたので、旅先での負担も考えて、八海山の一升瓶ではなく四号瓶の純米を持って行った。よく思われたいわけでも覚えてもらいたいわけでもおべっかを使いたいわけでもなく、ただ子供の頃からたくさんの事を学ばせてもらった事に、ほんの少し、感謝の気持ちを伝えたかったからだ。
 当日会場に早めに入ると、しばらくして彼が現れた。大男ではなく細身で、やや声が高くて、知らない人にはむしろ華奢に見える風貌だ。
 その時、御年六十八歳。その人が、凄まじい戦闘力を持っているとは誰が想像出来ようか?
 だがしかし、そこに集まったみんなはその事を知っている。
 訓練が始まる前に声をかけ、昔彼が書いた小説にサインをお願いした。かつて東京タワーのイベント会場でお会いした事、サインをねだった事を手短に話して、酒の瓶を渡した時に、急に険しい顔になって怒られた。
「かといってぶん殴るわけにもいかないしなあ・・・ありがとう。」そう言って受け取ってくれた。 


 訓練は大変貴重な、日本にいたら受けられそうも無い内容で、非常に実践的だった。現役の自衛官や警察官も大勢混じっていた。二人組になって、模擬ナイフでナイフファイトもやった。あの時のメンバーは、刃物を持った暴漢に易々とやられる事はないだろう。

 その後、再び今度は薩摩で訓練が開催される時、ブログにはこう書いてあった。
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江戸訓練ではお土産を持ってこないでと
お願いしていたにもカカラワズ
大勢の方々から差し入れをいただき、
まさかルール違反だなんてジェッタイに
言えず、とても感謝、、というかその
暖かい気持ちに感動しています。
んで、
薩摩訓練においても、
何かイチローに渡してやりたいという
気持ちをもっている方々がおられると想う
のですが、これはやめて頂きたいと・・・

理由は2つです、
人がワシに逢いに来てくれるだけで
嬉しいのに、その上にオカネを使わせる
なんてとても心苦しいのです。
なんだか借りができたような気持ちに
なってお礼をしないとイカンという
プレッシャーになります。
もともとワシは、もらうということに
抵抗を感じる性格なんですね~

もうひとつの理由は、
旅先で荷物が増えると運ぶのに
大変なんです。必要最小限度の
荷物で移動しているのにもらい物が
あると抱えきれなくなって困ってしまう
のです。
ですから、薩摩訓練ではいっさいの
お土産は禁止ですよっ!
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 これは、参加者に変な気を遣わせたくないという思い遣りの現れだと思った。
 でも、わかっていてルールを破った自分を少し後ろめたく思った。
 そんな後ろめたさを感じながらも、彼が帰国して、その後も更新され続けるブログとそこに付くコメントを読んでいたけれど、どうしてもコメント出来なかった。関心のある記事もたくさんあったのに。
 ところがある日彼のブログを訪れると、訓練の時にサインをいただいた本の事について書かれていた。発行部数も少ないし、再版はされないだろう事から、読みたい希望者が多ければ、ここに載せるぞと。

初めてコメントした。

『初めてコメントいたします。
以前、対ナイフトレーニングの際に、厚かましくも本を持参してサインしていただきました。
大切な蔵書です。
ありがとうございました。』

そして彼が返事をくれた。
『○○さん、覚えていますよ。あのときはなぜか驚きましたよ。すこし書き直しますからここでもゆっくりと少しずつ読み返してくださいな。

覚えていてくれたんだ。
反射的にまたコメントを書いた。

『あ、すいません。
不覚にも何故か涙が出てしまって。
あの時も、余計な物を持って行って怒られました。
けれども、お会いしたら、ささやかでも何でもいいからお礼をしたかったんです。
小学生の頃から、イチローさんがレポートを書き始めた頃からずっと読んでました。
突き詰めれば、銃の話だけで収まる訳もなく、時に人生を教えてもらいました。
人間は強くしなやかに生きるべきで、本質はどんなに愚かでも、考え続け、死ぬまで生きるのだと。
手紙も書けず、初めて東京タワーでお会いして以来、なにも出来ませんでした。
こんな言い方は失礼な事は承知の上で申しますが、元気なイチローさんにお会い出来た事がどれほど嬉しかったか。
本当は、その後の食事にもおつきあいしたかったのですが、気後れしてその場を去りました。

あぁだめだ、書いていて涙が止まりません。

もしまたお会い出来たなら、その時は変に構えずに、少年だった心のままお話しさせていただきます。』

そしてそのコメントにこう返事をくれた。

『>>あぁだめだ、書いていて涙が止まりません。。○○さん、こういう想い出に涙するのは大人となりながらも少年の心をきちんともっている証だと想うのですよ。君のようなファンがいてくるなんてワシは心から幸せだと感じますし、ああ、このブログをやっていて良かったなぁ~と・・つくづく想います・・グススン♪』

 なぜだか気後れして、言葉を発する事すら難しかったのに、ようやくわだかまっていた自分の中のモヤモヤにケリがついたような気がした。

 それからもう六年が過ぎた。

 今年破産することを決めてから、彼が競技用のホルスターを改良していることを知り、しかしそれはとても昔に絶版になった希少品で、改造するにしてもモノが無い。できればそれを現代のオンデマンドファブリケーションで、改良版を作る手伝いができないかと考えて、連絡を取った。

 とても勇気の要ることだったけど、イチローさんは返事をくれて、一緒にデザインすることになった。いつ形になるかわからないけれども、せめてイチローさんの使う分だけでも形にしたいと思う。

 子供の頃は憧れのヒーローだった人と、こうして繋がることができた。

 Be STRONG!

 さあ、まだまだこれからだ。

サポートする代わりに、こんな本を書いたり、こんなことをしている奴がいるよーって触れ回っていただけると助かります。