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謎が解けても真相は見えない?━━『冷たい密室と博士たち』

『冷たい密室と博士たち』(1999、講談社)は、森博嗣の小説『すべてがFになる』(1997)の続編となるシリーズ第二作。前作同様に大学建築学科助教授の犀川創平とその学生、西之園萌絵を主人公としたミステリー小説である。

©️講談社文庫

今回の事件は大学で起こる。

犀川の同僚で土木学科助教授の喜多(きた)に誘われ、低温度実験室の見学のため土木学科棟、通称“極地研”を訪れていた犀川と萌絵。繊細で難しい操作を伴う実験であったが、極地研の学生:丹羽健二郎と服部珠子の活躍により、無事成功に終わる。

実験室では犀川と萌絵を含めた打ち上げパーティが盛り上がっていた。そんな中、事務員の一言がきっかけで丹羽と服部の不在に気が付く。学内を捜索しはじめる面々。施錠されていた実験準備室以外、すべての部屋を探したがどこにも二人は見当たらない。守衛も誰も門を通っていないと言う。そういえば、犀川と萌絵、極地研メンバーや事務員、学内にいた誰もが、実験室を出た後の彼らの行方を知らなかった。

彼らが実験室を出たのは全員が目撃した事実だった。それなのに、施錠されていた実験準備室に、彼らはいた。楽しい打ち上げの最中、その会場のすぐ隣の部屋で、彼らはひっそりと死んでいたのである。

背中をひと突き、血まみれの死体、明らかな殺人。打ち上げを録画したカメラ、その場にいた人々全員が、実験後の準備室に誰も入っていないことを知っている。どうやって犯行が行われたのか? なぜ彼らが殺されなければいけなかったのか? そもそも実験室から出て来たはずの彼らがなぜここに?

今回で二回目の殺人事件に遭遇してしまった犀川は少し気遅れ気味。相変わらず積極的な萌絵、そこに同僚の喜多が加わり、今回は三人の様々な推理が繰り広げられる。しかしその途中にも事件は起こる。実験室の開かずの部屋から、なんと新たな白骨死体が見ったのだ。そしてついに第3の殺人も━━。

本書では、最初の事件に畳み掛けるように異なる2つの事件が起こり、絡み合うことで複雑な展開を繰り広げていく。『すべてはFになる』と大きく違うのは、事件前から事件発生まで、犀川と萌絵は被害者を含めた当事者たちと交流を持ちながら、途切れることなく現場に居合わせていることだ。そのため彼らが目撃したものや人の様子は、前半部分で細かく描写されている。ヒントが多いので読者が置いてけぼりになることがなく、主人公らと一緒に推理していけるのが今作の特徴かもしれない。

また、今回の事件は建物の間取りが重要なヒントになっている。実は冒頭に平面図が載っていて、それが物語への理解度を高めてくれる。ただし、図面を見なくても十分想像できるほど間取りが細かく描写されていて、頭の中では映像を思い浮かべることができた(読み終わってから冒頭の間取りを見て、答合わせをするのも面白いかもしれない)。情景が浮かぶからこそ、物語に没入できるというものだ。

特殊な状況で謎ばかりだった前作とは違い、王道の推理小説といった感じの本作。しかしながら、一本の線の上を歩くように推理の展開は順調なのに、物語は複雑だ。緻密な犯行のプロセスがわかってきたのに、真相はわからないまま。「これが一体どういうことなんだ?」という気持ちを抱えたまま、最後まで一気に読んでしまう。

読み終えると、今回もまた面白く終わってしまったことに、少しばかり悔しさすら感じる。きっと週末、書店で三作目を手に取る自分がそこにいるのだろう。