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ロバート・モリス-身体アートから芸術評論まで

ロバート・モリス(Robert Morris,1931-2018/US) :アメリカの身体アートを含む、現代アートの作家・美術評論家。
ミニマル・アート、ランド・アート、プロセス・アート(制作プロセスや作品の可変的な状態を強調するアート)、コンセプチュアル・アートを代表する芸術家・評論家であり、これらの運動を理論的に推進した美術批評は著名だ。
その作品である、インスタレーション等、身体アートの周辺は、レディメイド(Ready-made/既製品)からの展開を活用している。

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(c)Robert Morris

略歴-Robert Morris
1931年、ミズーリ州カンザスシティに生まれる。
1948-1950年、カンサスシティのアートインスティチュートおよびカンサスシティ大学で機械工学を学ぶ。後、アート作品とアート批評。
1950-1951年、サンフランシスコの美術学校で学ぶ。その後、妻のシモーヌ・フォーティ(ダンサー兼振付師)の影響もあり、ダンスに興味を持つ。
1959年、ニューヨークへ転居。前衛ダンスの連盟に参加する。モリスは、このシアターのために、たくさんの作品の振り付けを行い、「アリゾナ」(1963)、「Site」 (1964)、「Waterman Switc」 (1965)などの作品を演出した。

1960-70年代には、ミニマル・アート、プロセス・アート、アース・ワークの定義において モリスは中心的な存在だった。
それは、モリスの最初のミニマリズム的オブジェ群は、彼が演出したダンス・パフォーマンスの小道具として作られれいる。簡素な木製の箱のような形をした立体が作られたが、これらは、ジャドソン・ダンス・シアター(Jadson Dance Theater-NY)は、 表現と、その機能を強調したようだ。
1964-1965年、モリスは、こうした、建築的な立体を、グリーン・ギャラリー(ニューヨーク)の展示室に展示した。このあたりが、レディーメイドの活用した言われる由縁だろう。
1960年代の後半には、モリスは、より綿密な仕上げの工業的な加工を、また、ミニマル彫刻(Minimal Art)のために探求して、アルミや鉄の網目のような素材を使用した。これらの工業的な製造と同様に、1960年代にモリスが制作した彫刻(ネオ・ダダ的)もまた、「芸術的な自己表現」にチャレンジしている。
アイロニカル(ユーモアでの皮肉)に満ちた「自画像」もあるが、それらの作品は、マルセル・デュシャン的な視点での科学からの知覚の実験から、発想されたものだ。
1966年、ハンターカレッジ(NY)でMA(修士)、その後、モリスは、批評エッセーを書き続けた。
タスク志向(組織的な方向性)のダンスについて(“Some Notes on Dance,” 1965)
ミニマル彫刻について (“Notes on Sculpture,”1966年)
プロセス・アートについて (“Anti Form,” 1968)
アース・ワークについて (“Aligned with Nazca,” 1975)
この4つの批評は、現在においても大きな影響力を持っている。
1967年、ランド・アートの先駆的作品となった「蒸気」(Steam)を製作。
2018年、肺炎のため、ニューヨーク州キングストンにて死去した、87歳だった。

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Robert Morris

Robert Morris – Bodyspacemotionthings | TateShots


(追記)次回は、ロバート・モリスの身体アート「Waterman Switch」を予定しております。


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