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アメリカの心理士さんに聞いた、日本との違い

すごくすごく幸運なことだと思うのですが、今、私の職場のデスクの隣には、サンフランシスコから来た心理士さんが座っています。
サイコロジストなので“心理学者さん“と呼ぶべきなのかもしれませんが。

彼女は米国でも名高いUCSF Healthで働くサイコロジストなのですが、私の職場の上司さん(精神科医の先生)と共同研究をするために日本にやってきたのです。


私は同じ心理士で、かつイギリスにいたんだから英語ある程度喋れるだろとのことで、上司さんが隣のデスクにセッティングしてくれたわけです。

彼女はネイティブレベルの美しい英語を話す一方、私の英語は7年も錆びついていてポンコツ…それでも、異国で働く心細さや不便さはわかっているつもりだったので、わずかでもサポートできることがあればと喜びいっぱいでお迎えしました。

彼女は心理士としてはもちろん、人間としても素晴らしいかたで、本当にいろんなことを学ばせてもらっています。


彼女と話していて、アメリカと日本で心理士ってこんなに違うんだ!と思ったことがあったので、ここnoteでも共有してみたいと思います。
(※あくまでもUCSFの心理士さんはということです。他の州や組織によっては異なるかもしれません)


アメリカの臨床心理の実際

①ロールシャッハ(というか投影法)はほとんど使われていない
②サイコロジストは検査をオーダーするが自分ではとらない
③心理士にも階層があり、専門が細かく分かれている。
④カウンセリングは保険でカバーされるが、病名によって回数制限がある
⑤診療記録が残るのを嫌う富裕層は個人の自費カウンセリングを利用する
⑥患者さんは自分のカルテを見れる(一部)
⑦実際に行われているカウンセリングは意外とCBT主流ってわけでもなさそう
⑧風景構成法を知らない→紹介したら大絶賛された


①ロールシャッハはほとんど使われていない


ロールシャッハを分析している私を見て、「わあ、もしかしてそれってロールシャッハ?」と彼女。
「そうだよ、あなたも職場でとる?」と聞くと、「いや、ロールはもう何十年も前に一度学んだだけで、職場では見たことない」と。まるで絶滅した生物の化石を観察するようにしげしげと眺めていました。

どうやらロールシャッハのように実施にも分析にも恐ろしい時間とエネルギーを要する心理検査はほとんど使われていないようです。というかもはや「学校でも教えない」と彼女。今の職場でロールシャッハの熟練スキルをもつ心理士さんを見つけるのは不可能に近いと思うと話していました。とれる人を見つけたとしても、自費診療で高いお金を払う必要があるだろうとのこと。

ただ、「コストの問題でロールシャッハはほとんど用いられなくなってしまったけど、私は素晴らしい検査だと思ってる。機会があればいつかまた学んでみたい」と言っていました。

② サイコロジストは検査をオーダーするが自分ではとらない


日本では心理士といえばそのメインの仕事の一つにアセスメントがあります。どんな心理士になるにせよ、どこで働くにせよ、アセスメントのスキルは必須とされることが多い。
アセスメントとして心理検査をとって、その結果も踏まえつつカウンセリングを導入するなんてことも多いのではないかと思います(もちろん分ける方もいらっしゃるでしょうが)。

しかし、アメリカでは複雑なアセスメントは専門の心理士さんに外注することが多いのだそう。アセスメントには専門のスキルが必要とされるし、時間もかかるためです。
多くはサイコロジストがカウンセラーにオーダーを出し、その結果をレポートしてもらうという形をとるようです。日本だと医師がオーダーして心理士が検査をとることが多いですよね。でもアメリカのサイコロジストは治療における裁量権を持っているため医師の指示を必ずしも必要としません。チームのリーダーとなってある程度方針を決めているみたいです。

もちろん自記式の簡単な質問紙(PHQをよく使うのだそう)は自分でも頻繁に使うと仰っていました。外注するのは複雑な人格検査やWAISなどの知能検査です。
「あなたはこんな複雑な検査もとって、外来のカウンセリングもやって、デイケアのプログラムもやって、リエゾンの仕事もやっているの!?1人何役やっているの!?」と彼女はびっくりしていました。彼女の職場ではもう少し、心理士の仕事が細分化されているみたいです。

③心理士にも階層があり、専門が細かく分かれている。


これは②の話の続きでもありますが、つまりアメリカでは心理士にも層というかヒエラルキーがあって、博士号を持っているサイコロジストが最上位資格であるわけです。このサイコロジストの社会的地位はかなり高く、アメリカでは医師と同等の資格とみなされています(彼女の話だと職場のボスは精神科医で、実際は頭が上がらないそうですが…)。
日本の修士を終えた臨床心理士は、アメリカでいうところのMarriage and Family Therapistとか、 Licensed Clinical Social Workerと同等の位置付けになるでしょうか。

ですから彼女のようなサイコロジストは大学病院で学生たちを教育したり、研究チームのリーダーを務めたり研究指導をしたりしていることが多いようです。彼女曰く臨床も好きだし腕が鈍るからケースも持っているけど、それは限られた数だけで、メインはやはり研究・教育になるとのこと。実際の患者さんの治療に1対1であたるというよりは、依存症の治療プログラムを構築したり、オンラインセッションのシステムを作ったり、政府や企業とのプロジェクトもあるようで、スケールの大きなお仕事をされているなと思いました。

これは私の印象ですが、USのサイコロジストは日本でいう博士号とって教授になった心理士、Marriage and Family TherapistやLicensed Clinical Social Workerは修士を出て臨床現場で実践メインで働いている心理士のイメージに近いのかなと。

④カウンセリングは保険でカバーされるが、病名によって回数制限がある


アメリカの多くの州ではサイコロジストのカウンセリングは保険でカバーされる、というのはよく聞く話ですが、少なくとも彼女のいるカリフォルニア州では、患者さんの診断名によって受けられるセッションの回数が決められていて、延々と保険適用でカウンセリングが受けられるわけではないそう。もちろん、統合失調症とか双極性障害とか、深刻な病気ほど回数は多く設けられているようです。
しかも保険のハードルは年々厳しくなっているようで、以前は12回まで適用とかだったのが、6回までに減らされたり。色々大変なのよ、と仰っていました。国としては、それまでに成果を出しなさいということだと思います。だからコスパ、タイパを重視したCBTのような方法が推奨されるのでしょうね。


⑤診療記録が残るのを嫌う富裕層は個人の自費カウンセリングを利用する

アメリカって「お抱えのカウンセラーがいるのはむしろステータス」みたいに、カウンセリングのハードルが低いと思われていますよね。私もそう思ってました。
でも彼女の話によると、実際は「自分が精神科にかかっていること、カウンセリングを受けていることを知られたくない」という人も多いのだそう。それで、カウンセリングの履歴が残らないよう、あえて保険の効かないプライベートカウンセリングを利用して自費で払う人もいると。

日本は精神科受診への抵抗が強い、偏見が根強く残っている、と言われますが、彼女は逆に駅の近くにデカデカと立っていた精神科クリニックの看板を見てびっくりしたと言ってました。「日本ではメンタルクリニックがこんなに自然に受け入れられているのね?」と。
案外、日本の方が、精神科医療へのハードルは低いのかもしれません。確かにこの数年で、精神疾患への理解とか親和性って急激に高まりましたよね。発達障害とかADHDとか、一般的にもかなり良く聞かれるように思いますし、みなさん良くご存知ですものね。


⑥患者さんは自分のカルテを見れる(一部)


そうなんです。アメリカは電子カルテの技術がめちゃくちゃ進んでいるので、日本では想像つかないようなことが起こっているんです。

日本は電子カルテの規格が医療機関によって異なるため、データを共有することができずいまだに紙の紹介状を送り合ってスキャンしたりしていますよね?前の病院での心理検査結果を取り寄せたりするのほんとに大変なわけです。前やったはずの検査データがないために、また同じお金をかけて重複する検査をとられたり。
患者さんも、医療者が選んだ限られた情報にしかアクセスできません。自分の個人情報なのに。

でも、アメリカではカルテ情報が本当にシームレスに共有されているみたいです。患者さん本人がカルテのアプリにアクセスして問診を入力したり、担当医の書いた記述を見たり、検査結果を自分で確認したりできるそう。メッセージを送ったり、診断書なんかの書類の申請もできるみたいです。めっちゃ便利。

それと同様に、自分のセラピストが書いたカルテも見れてしまうというわけです。これにはびっくりしましたが、ちゃんと「鍵」をかけることも可能で、患者さんにとって有害となる可能性のある情報はアクセス不可とすることができるのだそう。セラピストと何を話したかとか、次の課題は何かとか、これまでの成果とか、ノートを共有できるのは確かに良さそうですよね。

色々思うところはありますが、医療者の都合やルールに振り回されて不利益を被る患者さんをたくさん見ているので、日本にも早く"患者さんの権利を尊重した"カルテ技術が導入されて欲しいなと思います。


⑦実際に行われているカウンセリングは意外とCBT主流ってわけでもなさそう

※CBT:認知行動療法

私はアートセラピーが好きですが、自分の患者さんの役に立つ心理療法ならば何でも本気で学ぼうと決めています。帰国してから日本の厚労省監修のCBT研修を受けましたし、日本を代表するCBTのプロの先生に全セッションを一言一句全て見てもらうマンツーマンの指導も16回×2度受けたことがあります(学びが多すぎておかわりしました)。

ですから「厳密なルールに従って実施する全16回のCBT」のやり方が叩き込まれているわけなのですが、彼女に本場のCBTはどうなの?と聞いてみたら、個人のセッションの多くは「あんな教科書通りにいくわけないわよね」との回答でした。

もちろんグループでのCBTなど一斉に進めるものは、ある程度構造化しないといけないから全何回でこうやって進めますという明確なプランを立てて進めていくそうです。
でも、個人セッションでは「表向きはCBTと謳っているけど実際はごちゃ混ぜ」というサイコロジストが大半だと話してくれました。組織も社会もCBTが主流だし推奨されるから“乗ったふり”をしているわけです。これはイギリスでも全く同じことが起きていたので、もしかしたら全世界共通なのかもしれません。

CBTはもちろん理論的に素晴らしい技法です。私は、クライエントさんに心理療法の手の内をきちんと見せて、一緒に取り組んでいこう、技法を活かしてもらおう、いずれはクライエント自身が自分のセラピストになれるように、というエンパワメントのスタンスがとても好きです。

ただ、現場でシビアなケースを持ったことのある人ならわかると思うのですが、あれをすんなり受け入れてお行儀良く進められる優等生ってそもそもそんな深刻な病気にはならないのですよね…

CBTのエッセンスは要所要所で利用するけど、基本は支持的療法がベースで、何回めに何をやるとか心の仕組み図を書かせるとかは厳密にはやらないそうです。患者さん1人1人に合わせたオーダーメイドの心理療法を行なっていると言えそうです。
患者さんに絵を描くことを提案したらみるみる良くなったケースもあったそうで、「もしかして私もアートセラピーをやっていたのかしら?」と笑っておられました。


⑧風景構成法を知らない→紹介したら大絶賛された


私は職場でよく風景構成法をとります。それ自体が治療効果を持っているとされるし、侵襲性も低いし、患者さんを過度に“決めつけない”ような余白がある気がするからです。
何より、悪いところを探すことがほとんどの他の心理検査と違って、患者さんの強みやポジティブな面や可能性を探れる検査でもあると思うのです。

そんなわけで私はしょっちゅうデスクで風景構成法と睨めっこしているのですが、ある日それを見た彼女が「わー!素敵な絵!それは何?」と興味津々に尋ねてきたのです。
「これは風景構成法と言って…」と簡単に説明すると、「楽しそう!私にもとってほしい」と。
早速彼女の風景構成法をとって、2人で一緒に解釈しました(もちろん、とてもソフトな表現にとどめました)。

すると、彼女は心底驚いて「こんなことある?本当にすごいわ、解釈がすごくしっくりくるし、今の私の内界が現れていると思う。なぜこんなことが起こるの?」と。風景構成法をとても気に入ってくれたのです。

私はそれから簡単に風景構成法の歴史、適用、実施法、解釈法などを説明しましたが、彼女は独学でさらに学びを深め、自身の患者さんにも実施して、ケースに生かしていきました。
「私の風景構成法のSVをして欲しい」と言ってくださり、私も彼女のケースのお話を聞かせていただきました。本当に優秀な方は吸収力が違うんだなと思ったのですが、彼女の解釈は本当に素晴らしくて、まるで10年以上とってきたベテランみたいな分析をするのです。あまりに天才すぎてもう笑ってしまいました。

「見たことも聞いたこともなかったけど、これはすごく素晴らしい技法ね!」という彼女。
日本に来たことで、投影法検査への興味も湧いてきたと仰っていました。
彼女が風景構成法をアメリカに持ち帰って、それがじわじわ広まるようなことがあれば面白いなと思います。



そんなわけで今回は以下、「アメリカのサイコロジストに教えてもらった臨床現場の実際」を書いてみました。

①ロールシャッハ(というか投影法)はほとんど使われていない
②サイコロジストは検査をオーダーするが自分ではとらない
③心理士にも階層があり、専門が細かく分かれている。
④カウンセリングは保険でカバーされるが、病名によって回数制限がある
⑤診療記録が残るのを嫌う富裕層は個人の自費カウンセリングを利用する
⑥患者さんは自分のカルテを見れる(一部)
⑦実際に行われているカウンセリングは意外とCBT主流ってわけでもなさそう
⑧風景構成法を知らない→紹介したら大絶賛された



他国の心理士さんと関われるのは本当に貴重な機会ですね。
彼女は頭がずば抜けて良いだけでなく、日々真摯に学んでいて、臨床のセンスも抜群。
そして患者さんへの温かい気遣いと尊重に溢れているところも最高に素敵です。
心から尊敬しています。

彼女の日本での日々が素晴らしい時間になるよう、できる限りサポートさせていただきたいです。私は日本の臨床心理にも誇りを持っていますし、職場の心理士さんたちのことも尊敬しているので、私たちが彼女から学ぶだけでなく、彼女にも何か持って帰ってもらえるものがあったら嬉しいなと思っています。


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