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早稲田での講義【ケースを通して知るアートセラピー】について



こんにちは。
アートセラピーオフィスyumit です。

今回のnoteでは、yumit HPでもお知らせしていた私の早稲田大学でのアートセラピーの講義についてご紹介したいと思います。

講義のタイトルは
【ケースを通して知るアートセラピー】

2018年に早稲田の所沢キャンパスにて、ゲスト講師として約90分の講義を行ったのですが、翌2019年には早稲田のスタジオで収録を行い、オンラインのコンテンツとして利用していただくことになりました。

2020年秋現在は早稲田大学人間科学部の「発達臨床心理学」コースのオンライン授業コンテンツとして収録されており、早稲田の学生さんであればどなたでも視聴可能です。

(本当はより広く、より多くの人にアートセラピーに触れてもらいたく、一般公開できたらいいなと思っていたのですが、ライセンスなどの問題で難しいということ…)

もしご興味のある学生さんがいらしたら、是非ご視聴ください。

いつかまた別の機会に、noteやHPでも動画が公開できたらと思っていますが、今回は簡単な講義の内容と、講義を受けた学生さんたちからいただいた感想をご紹介します。

大学でのアートセラピーの講義がどのようなものだったのか、そして心理を学ぶ学生さんがどう受け取られたのか、お伝えできればと思います。

今回の講義【ケースを通して知るアートセラピー】は、私がロンドンのNHS(National Healthcare Service:国営病院)で受け持った実際のアートセラピーのケースをご紹介しながら、その背景にある理論や、アートの役割、アートセラピーの技法についてご紹介したものです。

今回取り上げたのは、私がNHSで受け持った中で最も重く、そして最もエネルギーに満ちた統合失調症の患者さんのケースでした。

彼女はジェンダーの問題も抱えており、「自分は神(ジーザス)であり、よって男である」と主張していました。

それは当初、統合失調症の陽性症状からくるものだと考えられていましたが、彼女の生育歴を辿ると、統合失調症を発症するずっと前から、彼女は自身の性に対して違和感を覚えていたことがわかりました。

当然、病院のスタッフは混乱します。彼女のジェンダーを尊重して男性病棟に入院させたこともありましたが、性的逸脱行為が目立ち、彼女が危険にさらされたため、女性病棟へ。でも彼女は今度は女性スタッフや女性患者さんへの性的嫌がらせを始めてしまったのです。

ジェンダー・アイデンティティと、統合失調症とが、複雑に絡み合った今回のケース。

彼女は病棟内のどのカウンセリングセッションにも繋がらず、薬物治療の効果も乏しく、
かつ女性スタッフへの性的嫌がらせも目立つなど、相当難しい患者さんでした。

そんな彼女が、「絵は好き」「絵なら描く」と言って乗ってくれたのが、私のアートセラピーだったのです。

病棟内で孤立していた彼女は、病院内でたった1人のアジア人研修生である私にどこか親近感を感じたのかもしれません。
「この人のセッションなら行ってみてもいいわ」と、彼女の興味本位から首の皮一枚で繋がったセッションでした。

↑講義中の風景。実際にこのケースで使用していた画材を紹介しています。

彼女はセッションの中で、セラピストに性的嫌がらせをしようとしたり、心を揺さぶるような攻撃を仕掛けてきたりしながらも、絵を描くことにはとても真摯に向き合っていました。

「お茶しようよ」「家においでよ」「ランチでもどう?」と、治療枠を揺さぶってくる彼女に対し、セラピストである私は、
「私は、ここでこうして会うことが、あなたにとって最善のセラピーになると信じているから、外では会えない」と枠を守り通しました。

もともと、自分が誰なのか、ここがどこなのか、今はいつなのかといった現実検討が乏しかった彼女は、セッションを重ねる中で、自分の作品を振り返り、そこに「連続性」を見出していきます。

「私は先週ここでこれを描いたのね」「3週間前はこの絵を完成させたのね」「次はこの続きをやるわ」と。

彼女はその現実とは異なる“治療枠”の中で、過去の自分の人間関係や、苦しかったこと、悲しかったことを徐々に表現し始めます。

「自分は患者ではなく神である。患者を治すために姿を偽ってこの病棟で暮らしている」と主張し続けてきた彼女は、
セッションの中でバラバラになった“自分”のピースを統合して絵に落とし込んでいくことで、
徐々に“現実”の自分と向き合えるようになっていきました。

やがてセッションが終わりに近づく頃、彼女は
「私が治ったら、別の患者と会うの?
とセラピストに尋ねるまでになったのです。
(自身が患者であると認める初めての発言でした)

20年近くを慢性的な統合失調症とともに生きてきた彼女にとって、「自分は神である。だからこの苦難に耐えている」というファンタジーは彼女の支えであり、アイデンティティの一部となるほど大切なものでした。

彼女のアイデンティティを否定せずに“治療する”とはどういうことか?

彼女の現実検討能力が彼女の心を傷つけるとしたら、彼女にとっての“回復”とは何か?

病とともに幸せに現実生活を生きていく術はないのか?

セラピストが彼女にしてあげられることは一体なんなのか?

各セッションでの出来事とともに、そういったセラピーの意義についても、お話しをさせていただきました。


↑これはThがこのケースのなかで描いたアートワークです。イギリスのアートセラピーでは、セラピストも振り返りのためにアートワークを製作することが推奨されます。


*****


この講義を終えた後の、学生さんからいただいた感想はこちら。とてもとても嬉しかったので、今も大切にとってあります。(お名前や所属は個人情報保護のために伏せています)



▶︎アートセラピーの、しかも具体的な事例(重いケース)について知ることができて非常に勉強になりました。スライド内にいくつも響く言葉があって感動しました。今後の臨床活動で是非今日得た知見を活かしていきたいと思います。ありがとうございました。

▶︎Ptさんの話、面白かったです。Gender reassignment できたらいいですね!

▶︎発表ありがとうございます。とても勉強になりました。今はCBTを中心に勉強していますが、Thが振り返りの時に絵を描いて考えることに感心しました。新しい世界を拝見しました。Ptに対する理解と自己理解を深めることができるかなと思いました。

▶︎貴重なお話をありがとうございました。これまで聞いた(少ないですが)どのケース発表よりもリアリティーがあり、すごくアートセラピーに感心が持てました。またLGBTやセクシャルマイノリティーが今後どんどん支援の対象となることも考えられ、すごくよい知見を得られました。

▶︎授業で思春期・青年期のアートを習っていますが、意図は何だろうかと考えていました。今回の講義で、アートが統合失調症に対する意味・機能などを理解することが出来たような気がします。少し福祉的ですが、つながっているということの重要性や、心理的には今までを再演しているという点で、自分が知っているアートセラピー以上の力があるんだと思いました。アートだけでなく、その場の空気も姿勢も十分に感じたいと思います。個人的にはLGBTの臨床心理的な研究をしているため、Ptがそうであってもなくても(文化的背景が異なりますが)「オープンに受け入れてもらえた」ってことがGIDも統合失調症患者としても嬉しかったんだろうなあと。そこでの転移だったのかと思いました。

▶︎事例では「私だったら何て答えるだろう」と思いながら聞いていましたが、全く答えが出ませんでした。10回目を私が体験したら苦しくて投げ出したくなる気がしました。本日はありがとうございました。

▶︎貴重なご講演をありがとうございました。感情の大切さや、Thの自己理解の大切さを認識しました。私はCBTを専門にしていますが、CBTのワークや数字はframeのように感じることがあります。数字にすることで私と患者さんを守ってくれている様に感じます。

▶︎ご講義ありがとうございました。絵から伝わってくるJの感情を的確に捉えられていて、そのような“Ptを理解しようとする努力”が、Ptとの関係性の安定に繋がっていたように感じられました。またTh自身が現在感じられていることを絵にして整理されていて、そのような振り返りとしてのアートセラピーも大切なプロセスのように感じました。

▶︎発表ありがとうございました。Ptさんのアートはすごく刺激が強い絵(特に広島の絵)だったように感じます。あまり絵については専門性がない私ですが、その絵からそのようなことを感じました。鈴木さんは専門家なので大丈夫なのだと思いますが、実際Ptさんに会ってアートセラピーすることの大変さも感じました。一方、アートの力も感じました。自分の気持ちを表現できる1つのつながりを感じました。私も職場で統合失調症の方に合ったことがあるので、現実と妄想を行き来する様子はよくわかりました。鈴木さんが仰られた、自分とは何かを統合していくお手伝いが大切なのだなと感じました。ありがとうございました。

▶︎貴重なお話ありがとうございました。毎回のセッションで前回描いた絵の続きを描いたり絵の持つストーリー性によって連続性が出てきたり、現実検討能力が出てきたのかなと思いました。なので、積極的に治療者が分析するというより、患者さん自身の力、エネルギーを絵がサポーターのようになって引き出していく感じがしました。絵が攻撃性を包括したり、そういった役割もすごく興味深く感じました。

▶︎アートセラピーの面白さもありましたが、統合失調症の方へのセラピーという点でも非常に興味深かったです。鈴木さんがPtさんからの揺さぶりに一歩引いて対処されていたのは臨床現場で必要なスキルだと思いました。そういった揺さぶりに対する対応方法をどこでどのように学んだのか知りたかったです。絵の解説も精神分析的な部分もあり、大変新鮮に感じました。

▶︎私はまだ2年生で、専門ゼミの将来の進路も決まっておらず、たまたまポスターを見かけて、美術や心理に少し興味があったという軽い気持ちで参加しました。アートセラピー自体も初めて知りました。一時間半の短い時間でたくさんお話しして頂き、アートセラピーがもつ可能性に強く興味を持ちました。私は昔、正式名称は忘れてしまいましたがチックという症状を治すために病院に通っていたことがあります。その時に自由に絵を描いて、と言われ、絵を描いたことを思い出しました。アートから患者の状態がわかるのはとても面白い、と感じました。ありがとうございました。

▶︎薬物治療でもどうにもならなかったPtさんが、アートセラピーを通じて現実検討能力等を向上させ、バラバラになっていた自我が一つ一つ集められたのはまさに、最後紹介していただいた言葉の通りだと感じます。

▶︎鈴木先生 貴重なお話をありがとうございました。このセラピーの経過は、Ptさんと先生の相互作用で生まれたステキなものだなと、きいていて思いました。お辛い時もあったと思いますが、聞いていて、きっとPtさんは先生だからこそ感じた事、考えたこともあったでしょうし、うまく言えませんが結果として、落ち着くべきところにきちんと落ち着いているように感じました。Ptさんのことを真剣に考えていらっしゃる先生が、何よりすごいなと思いました。先生との関わりは、Ptさんにとって何か支えのようになったのだと思います。お話をありがとうございました。

▶︎絵を介在しつつも、言葉にできない部分をサポートして進められるところに魅力を感じました。一方で、言葉のセッションに比べて展開の波が激しく(Ptの特性もあるかもしれませんが)、その中で飲まれない様に耐えるのが大変だなと思いました。お二人のストーリーの中で、Ptの安全の基盤が出来上がっていき、崩されても鈴木さんとの体験が灯台のように指標になるのだろうなと思いました。

▶︎アートセラピーはPtがやってみようととっつきやすいと感じました。また長い病院生活での愚痴を吐き出すこともでき、絵を描くこと以上にPtさんにとって有意義な時間だったのではないでしょうか。絵を描くのが下手なので今まであまり知りませんでしたが、貴重な話を聞くことができて良かったです。ありがとうございました。

▶︎アートセラピーのケースについて、貴重なご発表をして頂きありがとうございました。私はCBTを専門としているので、とても新鮮でした。アートワークがPtの感情表現のコンテインの役目をはたしており、先生のケースのみが続いていたのは、アートワークの効果もありますが、先生の構造を守る関係も重要だったのではないかと思いました。またお話お聞きしたいと思いました。ありがとうございました。


学生さんたち、本当にありがとうございました!

早稲田は現在CBTが盛んなので、正直アートセラピーがすんなり受け入れてもらえるとは思っていなかったのですが、
こんな風に感想をいただけて本当に感謝しています。

(個人的には、アートセラピーってマインドフルネスにすごく親和性があるので、CBTともマッチできると考えています)

↑これは講義の最後に。


「人は変えられたがっているのではない。愛されたいのだ」というイギリスの心理学者Paul Chadwickさんの言葉をご紹介しました。


そして、今回の記事の最後に。

私をこの講義に呼んでくださった、恩師の井原成男先生(早稲田大学大学院 特任教授)に心よりお礼申し上げたいと思います。

先生はこの11月に永眠されました。

早稲田の学生さんたちとお通夜のお手伝いなどさせていただき、最後のご挨拶ができたこととても感謝しています。

これからも、先生に教えていただいたこと、背中を押していただいたこと、決して忘れることなく
心の専門家として生きていきたいと思っています。

↑早稲田スタジオでの様子


長くなってしまいましたが、今回は、早稲田大学にて行った講義【ケースを通して知るアートセラピー】についてご紹介しました。

今後も、臨床だけでなく、アートセラピーについて広めるような活動をしたいと思っておりますので、講義についてご興味のある方はお気軽にご連絡ください。

それでは、また次のnoteでお会いしましょう。

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