それでも記者はビジネス感覚を身につけるべきだと思う3つの理由

「金儲けのことは気にしなくていいから、記者としての問題意識や興味関心で何でも書いてこい」

というのが報道記者の仕事だと、私は捉えています。

でも、「金儲けのことは気にしなくていいから」の部分に関しては、記者を志して以来、ずっと違和感を覚えていることです。

違和感が高じて「金儲けのことを気にしてみたい」と、いったん記者のキャリアを止めて現在の部署に来ました。いくつかの新規事業開発に携わり3年近くが経ち、改めて表題の思いを強くしているところです。

記者としてもビジネスパーソンとしても中途半端で、こんなことを言っても何の説得力もないのは承知しております。またジャーナリズムとビジネスについての非常にシビアでセンシティブなテーマであることも重々承知しています。それでも。

そもそも記者はなぜ金儲けのことを考えなくていいのか。それは記者以外のビジネス部門の社員が、報道を支える取材費を捻出するため、また記者を含めた社員の雇用や生活を守るため、必死でマネタイズを考えてきたからです。

また、記者が特定の団体や企業、個人から金銭を受け取って、何らかの意図を持って報道記事を書くような事態を防ぐという文脈で「カネのことは考えるな」と言われる場合もあります。

だからといって、報道記者はビジネス感覚を持たなくていい、というわけでは決してない、と思います。むしろ報道記者だからこそ、文章や記者としての感性を磨くのと同様に、ビジネス感覚も磨く必要があると信じています。

そう思う理由は、以下3点です。

1、「その金額」の本当の重さを知りたいから。

決算書が読めるとか読めないとか、そんなテクニカルな問題ではない。

事件事故で死亡、重傷、軽傷と書くときは、身近な人の死や自分自身が痛い目に遭った記憶をもとに、当事者に思いをはせる。それでもほとんどわかっちゃいないんだってことはわかっているんだけど。

何億円の赤字だ、何兆円の予算だと言われても、その金額がどれくらいヘビーな額なのか、皮膚感覚でわかっていない自分が、記者として経済的事象について書いているのが、怖い。

日々取材し原稿を書いているうちに、毎月一定のお給料が振り込まれる。原稿の本数や内容、社会的影響で金額が大きく変わるわけではない。その額が妥当なのかどうかもわからない。ビジネス部門の社員のどれほどの労働の成果なのかもわからない。一般的な労働水準に当てはめればどうだろう。フリーライターの成果報酬と比べたら?

「その取材にかけてるタクシー代、その問題の直接の解決のために費やしたら?」の問いかけに、「いや、この問題を広く速く伝えるためにどうしても必要なんだ」と言えるかどうか。電車や自家用車じゃだめなのか。

「その金額」のリアルを、なんとか感覚的につかもうとしていたい。

2、その記事は、金額換算されているのだから。

いまや、多くの記事が広告換算されている。

無数のプレスリリースや取材の端緒の中から、記者として気になったネタを取材し、原稿にする。記者の仕事はそこまでだ。

その後、専門業者が企業などの依頼でその記事の広告価値を金額に換算している。掲載媒体や掲載面、段の立ち方などから「この記事は約●●万円の広告価値があった」と弾き出され、「このリリースは大成功だった」「あのPR会社にお願いして良かった」ということになっている。

記者はあくまでもジャーナリスティックな感覚で価値判断しているつもりだが、その実、報道記事に事後的に値札がついていることは事実だ。その金額を、記者は知らない。

自戒を込めて。以前、取材先に「あの記事、広告換算で1千万円になりました。ありがとうございます」とお礼を言われ、ひどく悩んだことがあった。

記事は誰かを傷つけることがある一方で、誰かを利することもある。「面白いから書こう」のその先で、誰をどれほど利することになるか、想像できているだろうか。どうして私は彼らを利する記事を書いているんだろうか。彼らを利することになってでも、読者の皆様に伝えたいこととは何なのか。

知らぬ存ぜぬ、ではなく、そんな仕組みを解っていてこそ、ほんとうに書くべきことが見えてくるのではないだろうか。

3、ニュースの拡張や進化に対応し、それでも書き続けていきたいから。

たとえばジェンダーや性的少数者の問題。グルメの話題。旅の話題。ライフハック。キャリアの話題。ここ数年、新聞以上に、webメディアの方がコンテンツが充実していると言わざるを得ないジャンルが続々と出てきた。

一消費者としては、政治や経済や事件事故同様、これらの話題も紛れもない「ニュース」であり、お金を出してでも読みたいコンテンツも多い。

どうして、ここまで「ニュース」が拡張してきたのか。それはライターもメディア側も日々、マーケティングとトライ&エラーを続けているから、ではないだろうか。

「今まで読んだことのないニュースを読みたい」「こんな問題を扱ってほしい」。そんなニーズをいち早くつかみ、コンテンツ化し世に問う。PVやエンゲージメント数を確認し、なぜ多くの読者を獲得できたのか、なぜ反応が薄かったのかを分析し、次のコンテンツ制作に生かす。

これは金儲けのための作業というよりは、よりよい商品(=コンテンツ)をつくり、より多くの人に届けるための当然のプロセスといえる。

記者には基本的に「持ち場」があり、持ち場によって取材先も取材手法も大きく決まる。私自身、持ち場以外の事象に目もくれなくなってしまった時も実際あった。

一方で、ニュースは日々変わるもの。新たなジャンルのニュースや新たな表現手法や新たなコンテンツの届け方が日夜、世界中で研究されているなかで、いちライターとして、いちメディアとして今後もプレゼンスを発揮していくためには、マーケットインの考え方は外せない。

「(記者が)ジャーナリスティックな観点から、書きたいことを書く」は今も一定の支持をいただいている一方で、「(記者が思う)『いい記事』を書いていれば、読者もおカネも自ずとついてくる」はもはや幻想じゃないかと思う。

読者の方々の「本当に読みたいこと」「本当に知りたいこと」を探り、コンテンツに生かしていく作業は、自身の表現欲や問題意識をいったん抑えて顧客に真摯に寄り添う作業であり、ビジネスセンスに近い感覚が問われる。


以上、大変僭越ながら、記者もビジネスマインドを身に着けなきゃと思う理由をまとめました。あるいはこんなことは当然のことで、わざわざこんなことを書いている私がぼけているんでしょうか。

拙いながらもビジネスについて学ぶことで、元記者としても大変貴重な経験をしていると感じます。いつかまた書き手に戻った時に、何が書けるかなぁ。

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林亜季

かんがえごと

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