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逃避行【ショートショート】

来ないで。
そう思いながら駅のベンチで待っていた。
春は来た。けれど風は冷たい。マフラーをきゅっと巻き直す。

今夜十時に、とあなたは言った。
二人で遠い街へ行こうと。
私は静かに頷き、互いに少しだけの荷物を取りに家に戻った。

もうすぐ十時。
来ないで、と祈るような気持ちで時計を見る。

「ごめん遅くなって」
息を弾ませて、いつもの笑顔で来たあなた。
二人の未来を疑わぬあなた。
私も笑顔で応じる。
二人で切符を買って列車に乗る。

ねえあなた、二人生きていけるのかな。

「寒いよね。温かいもの買っておいたから」
コーヒーを差し出す。あなたの好きなブラックコーヒー。
ねえあなたは疑いもなくそれを飲んでくれたよね。
あなたがこときれたのを見て、私も同じコーヒーを飲む。いつもは苦くて飲めないコーヒー。最後だけどおそろいだから。
愛してるのよ。これで永遠に私のもの。

ねえあなた、二人生きていけたのかな。
愛してるのよ。だから生きてほしかった。だから来ないでほしかった。



久しぶりにこの曲を聴いていたら、こんなお話しが思い浮かびました。
曲のイメージと小説の内容はイコールではないです。
今日「高校教師」というドラマの一節を見たのも合わさって、このような形になりました。

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