【小説】牛島 零(5)

その後

 ナイフは結構奥まで入っていたらしく入院が半月ほど必要になった。ナイフを持ってきた男はやはり僕よりも先輩だった。しかし、先輩はなぜかわからないが部屋に引きこもっているらしい。

 僕の病室には騒がしく、かわいい女が一人いる。

「美咲ちゃんが今日も来てあげたよ」

「O2酸素お疲れさんした」

いつもプリントを届けに来てくれて、今日起こったことを話してくれる。どうやらナイフの事件から、学校で僕は英雄として語り継がれているらしい。

竹内と美咲が、僕が刺された後すぐに救急車を呼んで助かった。もう少しずれていたら死んでいたと医者に言われた。

 当の根尾は俺の見舞いの品々を物色するためだけに病院に来ていた。助かってよかっただの無事でよかっただの、激励の言葉を無表情で話して帰るのが彼の最近の習慣である。

「竹内が下村のことかっこよかったって言ってたよ」

「逆にかっこよくなかったとは言えないだろ。命の恩人に対して」

「少しは素直に受け止めなさいよ」

「それもそうだな」

他愛のない会話をするのが今の僕の楽しみである。


「それじゃあ行くから」

彼女を見送ると虚しい気分になる。俺は美咲のことがやはり好きなのか。なぜか負けた気分になった。


 それからはというものの、なぜか精神科にお世話になることになった。サイコパステストみたいなのをさせられた後、カウンセリングをさせられた。

 ナイフに立ち向かい自分の脇腹に刺すという行為は、正気ではないということで検査された。サイコパステストには合格したが、どうやらソシオパスというもののほうが近いと医者に言われた。親も一緒にいたがなんじゃそりゃみたいな顔をしていたため、そんな重大視していない。

 脳の検査をしたところ恐怖を感じる部位が、人より一回り小さいことが分かった。生活には支障はないらしいが、今までの自分に病名がつくなんてこと僕はあまりいいとは思わない。


 そんなこんなで病院生活が終わる。サンダルで病室を出ると、退院祝いに病院から花束をもらった。帰る途中のコンビニで捨てた。父も母も見ていたが注意されなかった。僕はこいつらが、サイコパスであることが疑いから確信に変わった。この親にしてこの子ありである。

 家に帰ると近所の中華に行くことになった。久しぶりの自分の部屋に感動した。やはり安心するものだな。そんな瞬間もつかの間、靴下を履き玄関へ向かう。父が待っていた。

「行くぞー」

僕は無言のまま外を出た。

 中華屋さんに行くと僕はいつも五目あんかけラーメンを食べる。父と母は何を注文していたか覚えていないが、みんなで食べる用の餃子を頼んでくれていた。

 五目あんかけラーメンは最後のほうに届くので、僕は店に置いてある腐っていた漫画本を読み始める。父が僕に話しかけてきた。

「病院で幽霊出たか?」

「・・・」

「そうか」

つまらない質問である。父を無視するのは原因がある。実は父とは血がつながっていないのである。

 僕が小学校一年生の時に母と実父が離婚して、離婚を機に引っ越しをして小学校二年生の時に新しい父親として紹介されたのが今父である。離婚した理由を母に聞いたことがあるがなぜか教えてくれなかった。

そして、父がなぜ子供を作らなかったのかわからなかった。結婚なんてのは、女性に対して子供を作ってもらうための契約だと思っている。当時若かった、実家が太いわけでもない母に求婚を申し出て、何が狙いかわからない結婚をした。その不自然さが僕を不安にさせる。直接聞けばいいと思うかもしれないがプライドが許さない。

おっと、あんかけラーメンが来た。あんかけラーメンを急いで僕は口に運ぶ。

 口の中が大やけどするが気にしない。これが一番うまい食べ方だ。根尾も僕もこの食べ方で、たまに高校の帰りに寄るが早食い大会が行われる。唯一、僕が根尾に勝てる競技はこれくらいである。テレビチャンピオンでこの競技があったら僕は日本を取れる自信がある。

 約二分で食べ終わると、長い皿に置いてある二個のギョーザに手を伸ばす。すると僕の前に箸が飛び出してくる。父のだ。父は二個あるギョーザの一つを自分の醤油皿につけて口へ運んだ。

「あんた三個目じゃない」

母はあきれたように言う。いや、止めろよ。僕は反論できない。無言で一つあるギョーザに目を向けると、母が箸を伸ばしギョーザをぱくりと食べた。

「いや、え?俺のは?」

「そんなのパパに言ってよ。三個も食べてるんだから」

確かにな、と感じた。しかし、僕は父と喋ることができない。それを狙って最後のギョーザを食べたのかと思うとムカついてきた。

「ほんじゃあ帰るか」

父と母は席を立った。僕はどうすることもできないため、静かに席を立ち、店をだれよりも早く後にした。ほんの少しの抵抗。

 中華屋から二人が出てきた。僕はそれを確認してから家へ向かった。

 家に到着したはいいものの鍵がない。こんなときはすぐ帰ってくるはずの両親を待てばよいのだが、僕は彼らを静かに待っていた、ということが許せないため少し歩くことにした。

 僕は大きな河川がある方向へ歩き始めた。少し遠いが僕がこの町で好きな場所の一つである。

 歩いていると僕の後ろに足音がする。歩幅が僕よりも短いのか僕が四歩進んだら、五歩のペースで僕の後ろを保っている。おそらく女だろう。

 ではなぜ女に追いかけられるんだ。僕は考えながら歩いた少し歩くスピードを落とすと、後ろの女もスピードを落とす。

 僕は反対側の歩道にわたるふりをして後ろを見た。そしたら美咲が驚いたような顔をしていた。

「なんだよ。脅かすなよ」

「脅かしてないし。今から何をするの?」

「今から川に行くんだよ」

「え!懐かしいね」

お前の話は聞いていない。

「初めて話した時のこと覚えてる?」

「そりゃ、一年の時の文化祭で・・・」

美咲は僕の話をさえぎって話す。

「覚えてないんだね」

「どういうことだよ」

「そりゃ覚えてないか。川についたら話すよ」

僕は美咲との接点を脳の端から端まで考えた。二人とも無言で川まで歩き続ける。

 川についた。川といっても河川敷のことである。

「おい、ついたぞ」

美咲は俺の顔をじっと見た。

「本当に覚えてない?」

僕はうなずいた。

「あの橋から落ちて流れた私のワンちゃんを助けてくれたじゃん」

「いや、犬を助けた覚えがないし、川に飛び込んだこともないぞ」

「中学生のころ二宮金次郎が二中で爆発した事件覚えてない?あの日のこと」

覚えてる、鮮明に。犯人も知っている。

「あーん、覚えてる」

「その時、この町全体の小・中学校早く帰らせられたの。それで、昼休みが終わってすぐに帰れるって喜んでたの。それで早く帰って犬の散歩してたんだけど、うちのワンちゃんが喜んじゃって橋から落ちちゃったんだよ。それで助けてくれたのが下村、お前だったんだよ」

お前って(笑)。僕はやっと思い出した。

「あのときの!」

「そう!」

「でも待てよ。あの犬を助けたのは僕じゃなくて根尾だよ」

「根尾って誰?あの時いたのは下村ただ一人だったじゃない」

ん?おかしい。


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