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くろしろと暮らす街

私は、自分が生まれ育った家にずっと住んでいる。
正確に言うと、独身時代に仕事のため一人暮らしをした1年間と、結婚してから長男を授かるまでの8年間を除いて。
結婚してからの8年間も、今住んでいる家の隣(住所も同じ)に住んでいたので、同じ街の、同じ場所に、40年以上ずっと住み続けていることになる。

築90年の木造家屋
長男を授かるまで夫婦ふたりで住んでいた家は、築90年の今にも壊れそうな木造家屋だった。実家の隣にあった。
親戚の持ち家で、信じられないくらい安い家賃で貸してもらえていたので、私たちにはとても有難かった。

木造家屋は、昔ながらの長屋造りで、お客様には大好評。
こんな家、映像でしか見たことないよ、この鍵って本当にかかるの?と。 鍵はほぼ見せかけ。女性の力でも簡単に戸をぶち破れたと思う。
私が出入りしているのを通りすがりの方に見られ、
「うわっ、人が住んでたんだ!」
と驚かれたり、区の歴史建造物めぐりの方々が外観の写真を撮っていたこともある。それくらい見た目にインパクトがあった。

住んでいる私たちも、この家をとても気に入ってはいたのだけれど、家屋の老朽化にはどうしても勝てなくなってきて、住む前に多少改装はしたものの、暮らしていくうえでの困難も年々少しずつ生じてきた。

家主さんが取り壊す方へ気持ちが固まりつつあったので(行政から「とにかく在るだけで崩壊や破損や危ないのでなんとかせよ」という撤去命令が毎年出ていた)私たちもここから出ますという意思を家主さんに伝えた。

隣にある私の実家は、祖父、父、祖母を見送って、私も結婚して家を出てしまったので(隣に住んでいたけど)かつては6名で暮らしていたのが、母と弟だけになっていた。
私と夫の家、どこか新しいところを見つけるかではなく、ここを改装し住むのはどうか、という提案がどちらからともなく自然に出た。住所が変わらず、いろいろと便利だった。
それから生活空間を完全に別々にする「二世帯住宅」への大きな改装工事を行った。その工事の最中に長男が私のおなかにいることがわかった。


二世帯住宅へ
今の家は、一階部分にガレージと倉庫と玄関がある。ここは二世帯の共有。
二階は母&弟、三階は私たち4人家族。
玄関のドアは別々で、誰かの「行ってきます」や「ただいま」が聞こえたときは声をかけ、「いま、魚を焼いているな」とか「ああ、ピザをとったのね」などにおいでわかったり、耳をすませば相手の動きがうっすら想像できるような距離感だ。
(夫が毎朝サンドバックを連打する音がいちばん大きい)

母が持病があり高齢なこともあり、私は毎朝、父の仏壇にあいさつがてら、母の様子を見るようにしている。
母は元気で今もパートに出ているくらいなのだが、日によってはいろいろな時があるので、なるべく互いに負担にならない程度に、顔を見に下の階に降りていく。


こんな経緯で、私は自分が生まれ育った家で長年暮らしている。
まわりは知り合いだらけだし、私の母がこの家に嫁いできて、私と弟を産んで、祖父、父、祖母3人を見送った全てを見て知っている我が家の生き字引みたいなおばあさんがおむかいに住んでいる。


ねことおばあさんの街
この街は、昔からねことおばあさんがやたらと多い。
ねこにはみんなやさしいし、ねこたちも伸び伸び暮らしているように見える。
近くの神社には「猫ばあば」と呼ばれる名物おばあさんもいる。

ねこ。
私はねこは嫌いではない。好きなのは犬。
犬には自分から近寄っていくし、飼い主さんがいれば
「撫でてもいいでしょうか?」
と断ってから犬が嫌がっていない様子であれば、撫でさせてもらう。


みゃーみゃー事件
長男の首が座るか座らないかの頃、パート帰りであろう母が息をきらし階段をあがって私たち家族の階にきた。めずらしいことだった。

「ごめんね、ちょっといい?あのね、ねこが………ねこがガレージにいるみたい……みゃーみゃー声がするの……」

母はねこが苦手である。大の苦手なのだ。

夫と、長男を抱っこした私がガレージに行ってみたところ、子猫の声が聞こえてきた。どこからだろう?複数いるみたい…。

「……こっちの方から聞こえる……こわい」

怯える母にちょっと笑いそうになりながら、その方角を見ると、荷物がいっぱい詰まった棚の奥に、生まれたばかりのような子猫4匹の姿を確認した。
あれ?お母さんねこはどこ??

「居たっ!」
夫が指さす方を見ると、ガレージを出て道路の方にお母さんらしきねこが居て、こちらの様子を伺っていた。

「ここで産んで、ここで育てたいんじゃない?このままにしてあげようよ」

私の提案に母は、いやだ、私は毎日ここを使うし、ねこがこわいの。本当にこわいのよ、と言う。

人間がここにいるから、お母さんねこは警戒して近寄れないのかもしれないよ、とひとまず全員でその場を去ってみたのだが、そのあとも子猫たちのみゃーみゃーは止まらず、お母さんねこが来ている感じが全くしない。

どうしたらいいのだろう。

夫が子猫たちのいるところギリギリまで近づくと、あまりにスペースが狭すぎて、お母さんねこがそこに入りたくても入れないんじゃないかな?と。

「こんなところでよく産めたというか、どこかで産んだあとに子猫たちを運び込んだのかな?子猫たち同士、押しつぶされそうなくらいの狭さ」

何はどうあれ、生まれたばかりの赤ちゃんたちが長時間お母さんから離されて泣いている状況はだめだ、お母さん引きあわせなきゃと夫は言い、子猫を一匹ずつ棚の奥から出して、お母さんねこの見える位置に置いた。
すると、お母さんねこは待ってましたとばかり、赤ちゃんを咥えてダッシュ、を4回繰り返した。

お母さんねこ、ここよりもっと快適で、赤ちゃんたちを育てられるところを見つけていてほしい。
なんなら隣の家はどう?鍵はあってもないようなものだから、ねこならどこかから入れると思うんだ。

「ああ、よかった。○○(夫)さん、ありがとう」

母が夫に御礼を言って、夫が
「うちにも赤ちゃんがいて、他人事じゃないですから」
と言っていた。

みゃーみゃーの声がしばらくずっと耳に残って、本当はこのままガレージに住まわせてあげた方がよかったのかな、よけいなことだったのかなと、自分たちの階に戻ってきて夫に話したら

「いや、あの狭さじゃ難しいよ。それにこのガレージはお母さんの自転車だけでなく、隣の会社の人たちの車も入っているし、誰かにガレージのシャッターぜんぶ閉められたらねこは出入り出来ないから、子猫たちには危ないよ。お母さんねこはちゃんと次の場所を見つけたと思う」

お母さんねこ、あなたは4匹もいっぺんに育ててすごいです。
私なんて一人でこんなです。それもこのあたたかい、自分の家にいて、こうなんです。
初めての子育てで心身ともに疲弊していた私は、ねこ家族のことを考えながら涙を流した。


くろしろのこと
長男はねこが好きらしい。
登下校で会うねこに、勝手に名前をつけて呼びかけているそうだ。
いちばん話しかけるのは、うちの家の近くでよく見かける「くろしろ」。

隣の木造家屋は、去年解体された。
くろしろは、長屋の屋根の上で日向ぼっこしながら昼寝していることが多かったから、それが出来なくなってかわいそうだねと私たちは話していた。

子ども達が学校から帰ってくると、くろしろがうちの玄関付近にいることが多いそうで、「今日くろしろに会ったよ」と兄弟から聞くと嬉しいし、しばらく姿を見ないと不安になる。
誰かに飼われている感じがしなくて、近所のおばあさん達から猫缶をもらっているのをよく目撃する。


いつものように、朝、母のところに様子を見に行ったら、

「ベランダの、すずめちゃん用に出してあるごはんつぶの上にお尻をのっけているねこがいるんだけど、いやだわ」

と不満げな様子だったので、レースのカーテン越しにそおっとのぞいたら、くろしろだった。


夫と私は、くろしろは、あの時の4匹の子猫のうちの1匹なんじゃないかな、と思っている。

長男は「くろしろはお父さんがむかし助けた子猫だ、そうに決まっている!ばぁばが、くろしろをいじめたら、おれが許さん!」と息巻いているが、ばぁば、いじめていないし(笑)
次男はこの前、
「お母さん、ちょっと静かに来てみて、ほら、あそこにくろしろ!」
と教えてくれた。どこでも昼寝できるんだな。日向はあったかいよね。

今日も、この街のこの家で、暮らせることに感謝している。
くろしろも元気でいてほしい。
















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