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夏の不安と焦り

私は外に出るのが怖い。視線が怖い。夏の太陽からの、にらみつけるような視線がとても怖いのです。だから夏はあまり好きではありません。

この季節、自分と似たタイプの人には辛いんじゃないかなと思うことがたくさんあります。夏ってとにかく刺激が多いんですよね。楽しい予定がたくさんある一方でそれが負担にも感じられたりします。夏休みという最大の非日常があるからこそ普段よりも不安が増すというのは、私は小さいころからそうでした。

もう7月になり2023年も折り返しに入ったのだと思うと、焦るような嬉しいような複雑な気持ちになります。
焦ってしまうのは、私が何もできていないから。
実際にはそんなことはないと思うんです。なんとかアルバイトに行き、カウンセリングや病院に行き、人と関わって、楽しいことも悲しいこともいろいろあって、そんな中でどうにか毎日を生きているはずです。

でも解離が強い状態では、どうしてもこの実感はなかなか自分の物にはならない。まるでそういうストーリーの映画か小説をぼーっと眺めているような、そんな感覚を覚えるばかりです。
私は、私の人生に参加できず、ただ苦しみ続けているだけ。でも時間はどんどん進んでいって、私の苦しみの源は過去になってしまう。
それが大きな焦りになっていると感じます。

同時に、折り返しに入って嬉しいという気持ちが少しあるのは、「今年もなんとかここまで来られたんだ」という証拠が、手帳を開けばそこにあるからです。私にとってただ一つ確実なことというのは、自分が今ここに存在するということだけだと感じています。そしてそれは、自分が今までこの体と一緒に生き抜いてきたということも同時に意味するでしょう。

最近は英語の勉強も兼ねて、”The Body Keeps the Score” を読み進めています。

邦題は『身体はトラウマを記録する――脳・心・体のつながりと回復のための手法』で、PTSDや解離などのトラウマ関連疾患が単なる心の問題ではないこと、それらを改善するために、従来のアプローチだけでなく身体志向のものも含めてさまざまな治療法が研究されていることなどが、多くの患者とのエピソードをふんだんに添えて説明されています。

解離の苦しさというのは、まるで自分がもう死んでいるかのような虚無の苦しさではありますが、だからといって、解離状態がそのまま死を意味するわけではありません。私は常にこの体と、嫌でも、生きていかなければいけないのです。

今年の夏も、なんとかこの体と生きたい。
外が怖いなら怖い、何もできないなら何もできない、で良いと思うことにします。なぜなら、それが今の自分にできる精一杯だから。
決して私には、自分の体を好き勝手に殺す権利などありません。今まで数多くのパーツや人格が死に物狂いでつないできたこの体の歴史を、勝手に止めてはいけないと強く感じるのです。
だから、苦手なものは苦手、できないことはできない、ということでまずは生きることに専念したいと思います。

それでもどうしても逃げ出したくなったときは、何かを創ることにします。正直なところ私にとって、創作活動に没頭するということは、現実からの逃避に等しいのです。
だから、こうして考えたことや感じたことを文章や絵にできて、しかも皆さんに見ていただけるという場所があるのは、とても幸せなことです。

また投稿しますね。今日はこの辺で、ありがとうございました。



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