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日本ならきっと、あの子は殺される

その子の足はおかしな方向へ曲がっていて歩き方がぎこちない。抜け落ちたのか歯の間に隙間があいていて、歯が口の外に飛び出ている。とても痛々しい。丸くて大きな瞳は、もの悲しげで警戒と恐怖に満ちた怯えた目をしていた。



 わたしは今メキシコにいる。カリブ海に面した「プラヤ ・デル・カルメン」というビーチやマヤ遺跡があるいわゆるリゾートの町だ。

メキシコや南米に一人で行ってみたいという密かな目標があったので、今回そのひとつが叶えられた。メキシコといえば、真っ先に麻薬カルテルを思い浮かべるほど治安の悪いイメージがある。メキシコにいることを知った友人や知人たちは必ずと言っていいほど「気をつけてね...」と恐々心配をする。

実際にその地を踏むまではわたしも同じイメージを持っていた。そもそもメキシコや南米に興味を持ち始めたキッカケが、セブ島で南米の血が入ったドイツ人の友達と知り合ったのと、今年見たドラマの中で一番のお気に入りでもある『クイーン・オブ・ザ・サウス』の影響が大きい。

そのドラマも麻薬カルテルの王座に上り詰める女性の話で、過激なシーンが多く◯肉でタコスを作ったり、◯首でサッカーをしていたりする描写などがちらほら出てくる。おかげでメキシコや南米に対する恐ろしいイメージが強くなった。笑


だけど、アングラな世界はどの国であろうと恐ろしいもので、世界的に治安がいいと思われている日本でも、そういう地域にいけばニュースには流れないような事件は頻繁に起きているし、治安は悪い。

わたしに言わせてみれば、日本は暴力事件や殺人が比較的少ないとしても、女性や子供、マイノリティーを狙ったあらゆる差別や性犯罪(痴漢や盗撮、児童ポルノ、性的虐待)などの観測されにくい悪質な事件が多いので、世界のどこよりも治安が悪いと感じるが。


数字になりにくいことは無かったことにされる。直接被害を受けることがないマジョリティーや権力者やバカで鈍感な男たちは、まるで日本が世界でもっとも平和で幸福な楽園かのように思っている。


先日の日曜日、近くのフリーマーケットに行った帰りに、木やお花に囲まれた静かで素敵なレストランを見かけた。お腹が空いていなかったので帰ろうとしたけれど、せっかくいい天気だったのでUターンをしてそのお店でゆっくりすることにした。フルーツがたくさん入ったストロベリースムージーと、サルサやビーフののったナチョスを注文した。

運ばれてきた食事はどちらもとても美味しかった。陽が落ち始めた5時頃の風は気持ちよく、枝が揺れるたびにキラキラと入ってくる木漏れ日が美しい。流れている音楽も昔の名曲ばかり。居心地がいい。メキシコではじめてお気に入りのレストランができた。


ふと前に目をやると犬が外から入ってきたのが見えた。ピーク時じゃないため、スタッフも厨房に入っていて店内にはわたししかいない。その犬はまっすぐわたしの方へ向かってきた。

メキシコは野良犬や野良猫が多い。保護シェルターもあるけど、次々と捨てられてしまうのでシェルター自体はGoogleマップに載っていなかったりする。先日シェルターにお邪魔をして保護犬の散歩を手伝わせてもらったけれど、シェルターの中はとても清潔で整理され、犬たちはまるで保護犬とは思えないほど元気で毛並みも美しくキレイだった。


だけど、その犬はどこか他の犬と雰囲気が違っている。足がおかしな方向へ曲がっていて歩き方がぎこちない。抜け落ちたのか歯の間に隙間があいていて、歯が口の外に飛び出ている。とても痛々しい。丸くて大きな瞳は、もの悲しげで警戒と恐怖に満ちた怯えた目をしていた。

その犬は障害を持っていた。そういう子を見ると以前のわたしは可哀想が先行して可愛いとはあまり思えなかったけど、ご飯を分けたり話しかけたり、頭を撫でさせてもらっているうちにたまらなく愛おしくなった。


その子は食わず嫌いでナチョスにのったお肉しか食べない。痩せているのだからなんでも食べないといけないよと怒った。犬に玉ねぎは毒なので、肉につかないように一つ一つ取り除いた。隣にいる間、その子はずっとわたしの目を見つめてくる。可愛い顔を動画に納めようとカメラを向けると、少し嫌そうにそっぽを向いたので笑ってしまった。


30分くらい経って、最初は怯えて悲しそうだったその子の目が少し穏やかになったら、満足したように店から出ていった。お店の人も私が嫌じゃないかずっと気にかけてくれてたけど、毛嫌いしたり追い払ったりすることなく、優しい笑顔でその子を見送ってくれた。それがとても嬉しくてなんだか救われた気がした。

この場にあったような空気が、まさに今の日本に必要なんじゃないかと思う。

たしかに日本はメキシコよりも治安がよく、清潔で、インフラも整っているかもしれない。近所から爆音の音楽や笑い声が聴こえてくることもないし、麻薬カルテルにばったり出くわすこともないだろう。


だけど日本ではきっと、あの子は殺される。

日本ではまず店に入ることはできないし、ご飯を分けてもらえることもない。もし店に招き入れたスタッフはクビになるか、ネットで晒されるか、クレームの嵐だろう。道を歩いているだけですぐ保健所を呼ばれ、シェルターに入れられる。 外見至上主義な日本で、障害のある雑種の犬を我が家に招き入れようとする人はどれくらいいるだろうか。ただ必死に生きようとしているだけで、日本では有無を言わさず殺される。

可愛いねとやさしく撫でてくれる手すら、きっとない。


メキシコへ発つ2日前に知り合いに勧められ、クリントイーストウッドが監督と主演をしているメキシコが舞台の『クライ・マッチョ』という映画を見た。

とてもあたたかい、陽だまりのような映画だった。




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