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紙はまだか

illustrated by スミタ2023 @good_god_gold

 官房長官の定例発表が終わると一人の記者がさっと手を挙げた。シノブ日報の街野だ。
「はい、どうぞ」
 長官はうんざりした顔つきでしぶしぶ街野を指す。できれば面倒くさい質問はやめて欲しかった。このあと忘年会の予定が入っているので、気持ちよく会見を終えたいのだ。
「さきほど発表された新型兵器についてお伺いします。これまでの設置経費に比べると、やや割高に感じるのですが、なぜこれほど高額になったのでしょうか?」
「うむう」
 長官は苦い顔をした。予算なんてものは役人がつくるもので細かいことなどいちいち知らないし、だいたい自分の権限が及ばない予算には最初から興味もない。興味があるのは自分の財布だけである。
 ちらりと舞台袖に目をやると補佐官たちがバタバタと動き回っている。どうやら関係各所に連絡を取っているようだ。あいつらは優秀だから回答はすぐ紙にまとめられるだろう。おれはそれをただ読み上げるだけでいい。
 重要なのは彼らの作業時間を確保することである。ここで曖昧なことを言っていかに時間を稼げるかが長官としての腕の見せ所なのだ。
「えー、それはですね、いろいろと事情があるわけですが、私はコメントする立場にはありませんので、お答えは差し控えさせていただきます」
 長官はそう言ってジロリと街野を睨み付けた。紙さえ届けばいくらでも答えてやるが、今はまだダメだ。
「ちょっと待ってください、長官。たった今、長官が発表された内容についての質問ですよ? コメントではなく発表内容の確認なんですけど?」
「ですから、私がコメントする立場には、あ、あります、します。お答えします」
 ようやく事務方が差し入れた紙を受け取ると、長官はメガネを掛け直して手元を覗き込んだ。
「えー、ただいまご質問いただきました新型兵器の件ですが、これはですね、えー、かなり特別な兵器でして、その製造過程におきまして、たいへん手間がかかるためどうしても高額にならざるを得ないわけであります」
 一度も閊えることなく読み終えた満足感に浸りながら、長官は頬を緩めて街野に目をやった。どうだ。これでいいだろう。気持ちよく忘年会に向かえるぞ。
「あのう、たびたびすみません。特別な兵器とのことですが、どう特別なのでしょう?」
 長官の頬が引き攣った。まさか街野が質問を重ねてくるとは思わなかった。慌てて手元の紙に視線を落とすが、たった今読み上げた以上のことは何も書かれていなかった。
 しかたがない。
「ま、材料ですな、材料」
 軽い口調でそう答えたあと長官は舞台袖を見た。今ここでいくら適当なことを言っても、事務方が裏でどうにかつじつまを合わせてくれるはずだ。紙さえ届けばどうにかごまかせる。さあ早く次の紙を持ってこい。おれを忘年会へ行かせてくれ。
「新型兵器は材料が特別なんですね?」
「え、ああ、まあ特別と言えば特別ですが、考えてみれば、兵器の材料なんてものはどれもこれも特別ですな。わははははは」
「長官。失礼ですが、それでは新型兵器の配備費用が上がった説明になっていません」
「うう、ですから、その、特別な素材をつかって、えー、その、特別なつくりかたをしているわけです」
 記者たちの間にざわめきが広がった。
「特別なつくりかたとは? 通常の兵器とは異なる何かがあるんですか?」
 まだか。紙はまだか。長官は再び舞台袖を見た。補佐官の一人がこれ以上は何も言うなと指で口の前にバッテンの字をつくっている。
 長官は首を振った。それは無理だ。お前たちがさっっさと紙を持ってくればすむ話だ。これ以上つっこんだ質問をされたら、また適当なことを言ってしまいかねないんだぞ。そうすればつじつま合わせで苦労するのはお前たち事務方なんだ。おれが適当なことを言う前に、早く紙を持ってこい。
「えー、つまりですね、その専門家ですね、それなりの知識のある専門家がつくっておりまして」
「専門家ってなんだ? どういうことだ? 工場で作っているんじゃないのか?」
 会場内のざわめきが大きくなる。
 紙はまだなのか。早くしろ。舞台袖では補佐官たちが頭を掻きむしっている。どうやらつじつま合わせがうまくいかないらしい。
「長官、仰っていることもよくわかりませんし、理由になっていません」
 別の記者が座ったまま声を上げる。
「えー、その、つまりですね、そのお、今回のですね、新型兵器がどうして高いのかと、ちょっと高いんじゃないかと、そういうご質問をいただいたわけですが」
 しどろもどろな口調のままブツブツと呟きながら、長官はキョロキョロと会場内に目を泳がせる。額には脂汗が浮かび、顔色もどことなく土気色に変わっているように見えた。
 さっさと紙を持ってこい。紙を。それまでなんとか粘るから、とにかく紙を。
 時間を稼ぐには相手の質問をダラダラとそのままま繰り返すのがいちばん効果的なのだ。現首相もよくやっている手法である。
「つまり、えー、そのご質問にお答えするにあたりましては、えー、それには理由が、今申しあげたようなですね、様々なそのですね」
 事務方がすっと近づいてきた。
「紙は?」
「それがまだ」
「じゃあ、それは何だ」
 事務方が手に持っている小さな紙片を指差す。
「え? あ、これは控え室にあったお菓子の包み紙です」
「いいからよこせ」
「えっ?」
 事務方からひったくるようにして紙を受け取った官房長官はぐいと姿勢を正した。包み紙だろうが何だろうが紙は紙だ。紙さえ届けばこっちのものだ。顔色がたちまち赤みを帯びる。体を正面に向けたまま顔を下げて紙に視線を落とす。
「えー、今般配備いたします新型兵器の設置費用が高くなっている理由について、お答えします」
 張りのある声だった。

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