見出し画像

1990年前後の心理学系博士の人数

私が博士号の学位を取得したのは,2000年の3月でした。それよりも少し前から,「どんどん博士学位を出していこう」という流れが始まってきた頃です。それよりも前の時代は,学位というのは碩学泰斗に与えられるもので,大学院の博士課程に進学したからといって取得が約束されるようなものではありませんでした(今でも条件がありますので,約束されているわけではありませんが)。

博士課程の増加

日本の大学における博士課程の設置数を調べてみましょう。文部科学省のウェブサイトに掲載されています。

https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo4/gijiroku/attach/1410941.htm

大学院を設置する大学数は,平成に入ってから一気に増加していったことがよくわかります。博士課程をおく大学も,昭和55年度(1980年度)には169校だったのが,平成2年度(1990年度)には223校,平成7年度(1995年度)には276校,平成12年度(2000年度)には349校と,20年間で昭和55年度の倍以上となっています。

ちょうどこの大学院が大幅に増加してきた時期に,私は学部生から大学院生だったということになります(だから進学できたのかもしれませんが……)。

心理学の場合

この大学院増加の流れは心理学でも同じでした。ただし「心理学専攻」とか「心理学研究科」という名前の大学院の専攻が増えていったわけではありません。組織の内容も,規模も,名称も様々でした。

私の出身の名古屋大学でも心理学の大学院を抱えている専攻は3つありますし,今務めている早稲田大学でも文学研究科,教育学研究科,人間科学研究科それぞれで学位を出しています。わかりにくいですよね。

J-STAGEで昔の文献を調べていたら,『心理学系の博士学位授与状況の調査―1986年度より1995年度まで―』という論文を見つけました。著者は詫摩武俊先生と山本恵一先生(ともに当時,東京国際大学)です。

この論文では,次の5つの目的が述べられています。

1.社会および文化的な課題や問題の心理学的な理解から、どの程度の博士号が必要だったかを検討する。
2.心理学研究者や心理学への投資の歴史から、1990年頃に博士号を持つことが必要な理由を検討する。
3.心理学に関する特異な学術文献を探究し、1990年頃にどの程度の学位が必要だったかを考慮する。
4.エヴイデンスに基づいて、1990年頃、心理学の研究者たちがどのようなレベルの博士号を持っていたのかを予測してみる。
5.国際的な比較から、他の地域ではどれくらいの博士号が必要だったかの示唆を検討する。

こちらの論文です。この論文では,1994年の日本心理学会名簿を参照して,文学部系の大学院心理学専攻で博士課程が設置されている箇所を中心に,関連する心理学の研究室をもつ全国39大学,58研究科,63専攻に協力の依頼をしてちょ巣アを行った内容の報告です。

博士号授与者数

対象となったのは1986年度から1995年度の10年間です。この間に,心理学関連の博士号を授与された人数は合計で473名でした。博士号には「課程博士」と「論文博士」があります。

◎課程博士:大学院博士課程に進学し,単位を所得した上で博士論文の審査に合格した場合に授与される
◎論文博士:大学院の在籍にかかわらず,博士論文の審査に合格した場合に授与される

課程博士を取得して博士課程を終えた場合には「修了」と履歴書に書きます。一方で,博士号を取得せずに博士課程を終えた場合には「単位取得退学」と書くのが一般的です。その後は,論文博士の取得ということになっていくわけです。

現代では多くの場合,博士課程に進学した上で審査に合格する人が多数になってきていますが,昔は大多数が論文博士でした。博士課程の中で博士号を取得するのではなく,もっとキャリアを積んでから博士号を得ることが一般的だったからです。この論文の中での調査でも,10年間の課程博士は161名なのに対し,論文博士は312名と多数になっています。

年齢層と男女

課程博士を得た161名のうち,20代後半が44名,30代前半が83名,30代後半が23名とこのあたりが多数になっています。男女比は,男性が122名,女性が39名でした。

論文博士の場合には,20代後半から60代まで年齢が分布しており,多いのは30代後半の90名,40代前半の73名,40代後半の57名,50代の41名です。年齢は分散している印象ですね。男女比を見ると,男性が258名と82.7%を占めていて,女性は54名だけでした。

当時の大学院における男女比率の偏りが,その後の大学教員の男女比率の偏りにつながっていることがわかります。

大学院在籍者数

大学院の修士課程,博士課程,オーバードクター(博士課程の年限を終えているけれども就職しておらずそのまま研究生として在席している人数)の合計の人数を,1986年から1995年まで並べると,次のような数字になっています。

◎1986年:846
◎1987年:873
◎1988年:875
◎1989年:897
◎1990年:993
◎1991年:1107
◎1992年:1212
◎1993年:1330
◎1994年:1483
◎1995年:1685

この10年間で倍増です。修士課程は431名から981名へと倍増以上,博士課程も268名から455名と増加しました。

その後

ちなみに日本全体だと,博士課程への入学者数は2003年をピークに減少が続いています。近年,心理学でも国内の小さな学会は存続が危ぶまれている状況が続いているのですが,若い人々の人口が減少して,かつ大学院への進学者も減少している中では,学問を取り巻く状況もなかなか厳しいところです。

なお,この論文(心理学系の博士学位授与状況の調査―1986年度より1995年度まで―)では,北海道大学,東北大学,筑波大学,東京大学,東京都立大学,そして私の出身校である名古屋大学も,各大学の年ごとの大学院生数が示されています。

私が修士課程に進学したのは1995年4月ですので,私自身もぎりぎり数字に含まれているのかもしれません。

ここから先は

0字

【最初の月は無料です】心理学を中心とする有料noteを全て読むことができます。過去の有料記事も順次読めるようにしていく予定です。

日々是好日・心理学ノート

¥450 / 月 初月無料

【最初の月は無料です】毎日更新予定の有料記事を全て読むことができます。このマガジン購入者を対象に順次,過去の有料記事を読むことができるよう…

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?