見出し画像

【MEMO.19】不安の足し算をしない

あなたはこんな経験をしたことはないですか?

翌日、大切なプレゼンの発表があって、

その資料の最終確認をしているときに

「ここをこうした方がよくなるのではないか?」と思って

色々要素を追加してしまったということ


そして、発表が終わってからよくよく考えて、

追加した要素はほとんど意味がなかったな、と反省したこと


かくいうぼくも、ついこの間やってしまったことを

正直に告白します

大事なプレゼンのために資料作成をしていて、

直前になって余計な要素を追加してしまいました


結果的に、あまり意味がなかったなと思っています

ただ資料の情報量を無駄に増やして分かりづらくしただけでした


なぜこうなってしまったかと言えば、

自分が何を一番伝えたいのか、

そこがはっきりしていなかったからでしょう

すべてを伝えようとした結果、ギミックだったり

テクニックに走って資料の本質を埋めてしまいました


「不安の足し算」という言葉を先日、

自分がお世話になっている方から教えてもらいました


作品の完成度が99%になったと仮定して、

あと1%を埋めたいと思った時、

つい余計なものを詰め込んでその1%を

埋めようとしてしまうことを言うのだそうです


結果として、その1%が埋まることはなく、

むしろ完成度としては詰め込む前より下がってしまう


「過ぎたることはなお及ばざるがごとし」という

ことわざそのものになってしまうのです


確かに、詰め込んだほうが良い場合も存在しています

ただ、それはまだまだ作りこみが甘い状態の場合です

これでもかというくらい作りこんだものに対しては、

むやみな詰め込みは逆にNGなのでしょう

バランスがおかしくなってしまい、

何が大切だったのか相手に伝わりづらくなってしまいます


たとえば、一人で海外旅行をするとき、

旅慣れてない人は色んなものを持って行こうとしますよね?


「もしかしたら必要になるかもしれない」という不安が

本来なら全く必要のないものを持って行かせるように促し、

余計な荷物を増やしてしまう


余計な荷物が増えると、重いしかさばるし

旅先で物を買ってバッグにしまおうとする際には

整理整頓の邪魔になる


そうなると、良いことなんて実際にはあまりないのです

ただ、自分の不安がなくなるということ点を除いては


旅行なら誰にも迷惑がかからないので

これでも問題はないのですが、

これが誰かに伝えるためのものとなれば話は別です


余計なものは徹底的に排除しなければならない

シンプルかつスマートでなければならない

そのためにも、「不安の足し算」をしてしまうことは

あってはならないのです


いつでも「本質」を見失わないようにしましょう

そうすれば、「不安の足し算」をしたくなったときに

グッとこらえることができると思います

自分が伝えたいことは何なのか、自分のなかでいつでも

言語化できるようにしておきたいですね


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?