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クセ強アクション映画『カーター』を見た

これは私の個人的な印象だが、ネットフリックスは『愛の不時着』とか『ストレンジャーシングス』みたいなオリジナルのドラマや、あるいはドキュメンタリーにはめっぽう強く、実際見て見ればわかるがすごく良質である。その反面、オリジナル映画となると、どうもその評価のふり幅が大きい気がする。ネットフリックスのオリジナル作品、とりわけ文芸作品系は、毎年アカデミー賞で何かしら受賞するなど世間的には評価が高い。が、いざ他の新着のエンタメ作品をみても「なんか普通だな、凡庸だな」みたいな感想で終わってしまうことが多いのである。

しかしたまに突然変異体のごとく怪作が誕生することもある。『カーター』もまさしくそういう類のお化けみたいな作品である。ちなみに、映画館で放映されたら間違いなくR-18のとがりまくったアクション映画だ。

とりあえず冒頭のアクションシーン、というか暴力シーンだけ見てほしい。この映画がどんなもんなのか言葉でなく映像によって知ることになる。チュウォン演じる主人公が韓国のホテルの一室で目覚めるシーンから一転、悪趣味な大浴場に舞台を移行してからすぐ始まる凄惨なシークエンスだ。血と汚物の匂いが画面からこちらにまで漂ってきそうなほど酸鼻きわまる描写なので苦手は人は注意を。で、ビキニパンツを着用した墨の入ったいかついお兄さんたちが、主人公によって次々と一方的に天国送りにされ、カタワにされていく。画面にはいるのは溢れんばかりの大量のハンケツの男、ついでにおっぱいはおろか性器もまるだし(流石にぼかしがかかっているが)の女だけ。彼らがあばれはっちゃくしているだけでこんなに異常で面白いのだろう。そういえばクローネンバーグ監督でヴィゴモーテンセン主演の『イースタンプロミス』にも似たようなフルチンアクションの見せ場が用意されているが、まぁその規模とグロさを100倍くらいにしたものと思ってくれればいい。その絵面も汚いだけじゃなくてどこか現代アートのような崇高さを感じさせる。ここは作品のなかでも特に編集点の少ない長回しシーンゆえ、綿密なプランのもと撮影されたことを伺わせる。ちなみにチュウォンはスタントも立てずに自身で撮影に臨んだという。プロ根性の化身か?

まぁ上記からもわかるように、この映画はとにかく異様で、まともではない。作品の90パーセントが上記のような極端な状況でおっぱじめられる極端なアクションばかりで、我々の心休まる暇もない。ワンショット風にまとめられた編集の恩恵もあってか、あの衝撃のラストを迎えるころにはそれに驚く暇もないほどで、「あぁやっと終わってくれた」とこちらが安堵してしまった。それほど心のカロリーが消費されていることに気が付かされる。主人公が滅法強いのもあって、彼の行く先を邪魔するものはだいたい死んでいく。1分に3人くらい死んでいる気がする。彼が闘うたびにギャグ漫画のように物理演算を無視して人間やバイクやハンヴィが吹っ飛んでいく、その落ち着きのなさ。また映画は進むにつれてジェイソンボーン的なスリラーから後半は一転、なにやらゾンビ映画の様相も呈し始める。シームレスにジャンルを移行するのやめてくださいと言いたくなる。兎に角画面はあらゆる方向でハイテンションでかまびすしい。作劇というより血みどろの奇祭を見ているかのようだ。

ストーリーもなんだか妙で、作中の世界で蔓延する病気のためのワクチンを、なんと北朝鮮の研究所で大量生産するという話が出てくる……ヲイヲイ大人しく韓国で作ればいいじゃねぇかと思ってみてたらその理由が「ワクチン生成に必要な炭そ菌が北には沢山あるから」ときた。そのワクチン、本当に大丈夫か?と心配になること請け合いである。

『カーター』の最も特筆すべき点はその画面設計にある。例えばカメラである。撮影に用いられたドローンやハンディカメラの動きは全く予測不可能で、見てて乗り物酔いしそうな映画だ。また思いもよらない角度から登場人物たちのあばれはっちゃくを映し出す。それがまた普通の映画文法とは激しく逸脱しており、そのおかげでリアリズムと到底無縁の、得も言われぬ非現実感を産み出している。また映像が早回しになったり、解像度はところどころ低かったり、まるでフレームレートが落ちたかのように急に画面がカクつくなど、どこかゲーム画面を見ているようだ。当然アクションは全て合成で作られておりアニメみたいだが、どうもその合成技術がこなれてない。不自然さを画面に残しており、それどころかアクション皆無の日常シーンですら別撮りの合成映像なんじゃないかと思わせるほどクソコラ感が醸し出されているのは気のせいだろうか。通常そういうノイズと言うか不自然さは徹底的にポスプロの段階で隠そうとするはずだが、チョン・ビョンギル監督は確信犯的に、それを逆手に非常に野心的な映像を生み出していることは間違いないだろう。事実、既にTwitterなどで本作については色々言及されているが、前代未聞のFPS映画『ハードコア』やイコ・ウワイスが叫びながら敵を叩きのめしていくスペランカー映画『ザ・レイド』に並ぶ、クセの強いアクションの傑作として絶賛されているのだ。私もそれに意義はないが、個人的にはそこにトニージャー主演の『トム・ヤム・クン!!』も仲間に入れてあげてほしいなと思う。

しかしまぁトム・クルーズなど「実写志向主義」を掲げてトップガンの新作に出演して自分で戦闘機を乗り回して撮影に取り組んだというのに。今日び、そのCG合成まみれの不自然さもここまで突き詰められたら一周回って新しく、美学すら感じる。これはこれで全然ありだ。



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