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昇天させてくれないドルチェなんて

 ダンナとディナー。近場で最上位に置いているイタリアンのガーデンレストランだ。急に決めたので、席が取れるかな~と思いながら電話をすると、「ご予約承ります」という。「別室じゃなくメインダイニング席がいいんだけど」と尋ねると「はい、まだお席は空いております」というので、急いで支度をして出かけた。
 店に着くと、64席の店内に客は小さな子どもを連れた客が別室に1組だけ。メインダイニングに人は誰もいない。一番いい席に案内してもらった。メニューを開いてオーダーを決めようとしていると、厨房で何やら話声がする。お客がいないからちょっと緩んでいるなと感じた。呼んでも来ないので三度呼んでやっとオーダー。ファーストドリンクとしてスパークリングワインを、ディナーは<シェフ特選コース>をチョイスした。
 予約電話を受けた若いカメリエーラくんに「このところこんな感じ?」と聞くと、言いにくそうに「はい....コロナの影響で」という。「昨日(金曜夜)もこんな?」と聞くと「はい」。「それはたいへんだね。ランチも?」「ランチはそこそこ入っているのですが」という。「いままでオペラを見ていて、美味しい洋食が食べたくなってきたんだよ」とダンナも声をかける。 

  
 カメリエーレくんが去った後、ダンナが耳打ちした。
「シェフ、帰ったよ」
「え?そうなの」
「後は任せたよって言っていま帰っていった」
「ひえ~」
「まあ、この入りじゃ仕方ないね」
「ちぇっ」とは思ったが、いいオペラの配信を観終わった高揚感で浮き立っていたので、さほど気にせず、料理を待つ。すぐにスパークリングが出て来て、感想など語りながら待っていたが、飲み干しても前菜は出てこない。以前からそうなのだが、コースの前菜はかなり品数が多く、ボリュームがあることもあり、出てくるのが遅い。空酒でファーストドリンクを飲み干してもまだ何も出てこない。「飲んじゃったね」と言いながら、次のドリンクを考える。
 そこにようやく前菜が供された。とりあえずお通しでピクルスでも何でもいいから出せばいいのにと前から思っていたが、前菜のカキは大粒で温かくて美味しい。ナスのトマト&ワイン煮込みの冷製も味がしみていて美味しい。白のグラスワインでいただく。
 次はパスタ2種。左のリングイネはちょっと冷めかけている。菜の花パスタにはカラスミのトッピングがかかっているが、小細工に時間をかけることでパスタが冷めてしまうなら本末転倒だが、これも味は良いのでOK。許容範囲としよう。
 メインに選んだのは、私はハタのグリル。皮目がぱりっとして身はふっくら。ローズマリーは焦げすぎではあるが、苦みを発するほどではない。ハーブバターのソースにレモンの酸味が加わってさわやか。ダンナは牛肉のロースト。付け合わせの野菜がまるで同じなのが気にはなったが、やわらかみを残して良い塩梅。どちらもシェアして美味しくいただいていた。
 1時間半ほど経過して他にお客も3組入ってきてそこそこにぎわっていた時に地震発生。
「地震だ!」と他のテーブルのお客さんも色めき立ったが、カメリエーレくんは気づいていない様子。
「いま地震があったよ」とダンナが教えると、「全然、気づきませんでした」という。このカメリエーレくんは、前回、この店を訪れたときに担当してくれた感じのいい子だ。セッティングの間違いを指摘したが、さわやかに謝り、「次回はきちんとおもてなしさせていただきます。ぜひまたいらしてください」と実に感じよく挨拶して見送ってくれて、すっかりファンになった子だ。
この子が「僕は福島の出身なのですが、3.11のときも気付かなかったんです」という。
「ええっ?」と驚くと、「校庭で友だち3人と縄跳びをしていて全然気が付かなくて。そのうちの1人が新潟地震で被災して福島に越してきていたのですが、その子だけが気づいて校舎に戻って地震のことを知りました」と興味深い話をしてくれた。
「どのへんだったの?」「たいへんだったね」と話をしていると、その後、短大で福島の農産物の風評被害を払拭するような活動をしていたという。そんなことから外食産業に勤めたのだろう。ますます応援してあげたい気になった。
 メインの後、ボトルで頼んだ赤ワインが残っていたし、まだちょっと食べたい感じだったので、ドルチェの前にチーズの盛り合わせを追加で頼み、うまい具合にワインが空いたところでドルチェに突入。


 ここで「事件」が起こった。
 お気に入りのカメリエーレくんをつかまえてしまったのでホールが回らなくなったのか、カメリエーレちゃんでも、カメリエーレくんでもない中年男性がドルチェを運んできた。
 そこで目が点に・・・。
 ドルチェ3点盛りが全部クリーム色と茶色の2色使い。どう見ても同じ乳製品系。
「えっ」と呆気にとられて中年カメリエーレの顔をまじまじと見たが、こちらの反応に気づくことなく淡々と説明して消えた。
「これは一体どういうこと???」と怒りが沸々。
 そこにお気に入りのカメリエーレくんがコーヒーを運んできたので、
「ねえ、これ、みんな同じに見えるんだけど?」
 と言ってみたが、カメリエーレくんが困ったような顔をしたので、トーンを落として
「これじゃあ映えないよって言ってたって厨房に伝えて」
と頼んでドルチェをいただいたのだが、やはり見た目通りどれも似たようなテイストでまるで変化がない。いくらなんでもこれはないだろう・・・。
 普通、甘いの、すっきりしたの、フルーツくらいの変化はつけるだろう?
 どれも美味しいには美味しいので食べたけれど、せめてミントを添えるとか、ベリーをのせるくらいのことはしないか?と思うのだが、ワントーンコーデだとでもいうつもりか?どれも同じようなクルミ入り。食感も同じふわふわ系。アイスかひんやりかという違いしかなく、変化に乏しい。やっぱり納得がいかない。
 だいたいなあ、こちらは直前にチーズを食べているのだ。このドルチェでは乳製品だらけだ。そしたら、たとえ用意したいたとしても、差し替えるだろう???
 美味しかったし、お気に入りのカメリエーレくんと興味深い話も聴けたし、怒りはないのだが、これを許してはこの店のためにならないと思った。


 会計に立ったダンナを見送り、私はカウンター越しにのぞける厨房へ行き、「ちょっといいかしら?」とス―シェフを手招き。
何事かと顔を出すス―シェフに、
「今日のドルチェにはとてもがっかりしました。大体、シェフが帰られた段階でがっかりしていたんだけど、シェフがいないならあなたが任されたのよね。どうしてああいう構成でドルチェを出したのか教えて」
というと、ス―シェフは隣に立っていた、ドルチェを給仕した中年男性を指さして「ドルチェはこっちで・・・」という。ドルチェはホールで対応するシステムを取る店があるのは知っている。でも、<シェフ特選コース>なのだぞ?とは思うが、とにかくス―シェフは逃げた。逃げた人と話しても埒が明かない。
 中年ホール責任者の方に向き直って、
「ぱっと見で色も白と茶色でみな同じ。味のテイストも全部同じだったんだけど、どうしてあの3点をチョイスしたの?その理由を教えて」
と声を潜めて、口調は穏やかに、でも態度はきっぱりと聞いてみた。

 一瞬もごもご口ごもったが、こう答えた。
「あれがご用意できる一番いい状態のものだったので」
・・・これですべてのみ込めた。
 要するに、来週に持ち越したくない在庫一掃処理だったんだ、ということ。
「あなたはこのドルチェを出されて客がどう思うか考えた?見た目も味も変化のない、このドルチェで喜ぶと思ったの?」
黙っている。
「ドルチェはコースの締めなの。美味しい料理を食べ終わって、さらに幸せにして帰さなきゃいけない、そういうものなの。それを店の都合で出したらダメだよ。絶対にダメ。お客にがっかりした気持ちで帰しちゃいけない。わかる?」
「すみません」
 この自粛要請の中で疲弊している個店にこそお金を落として、潰れないよう支えたいと願っている。頑張ってとエールを送りたいと思っての外食なのだ。その思いを、ホール責任者はこういうかたちで返して寄越した。
 怒ってはいない。あのお店には頑張ってもらいたいと思う。
 でも、残念だった。ひどく残念だった。

 楽しくなければドルチェじゃない!ただのデブの素!
 デブになってもいいからこの一瞬の幸せを取る~~~!と昇天させてくれるのがドルチェだ!

*これは1年前(2020年3月7日)の出来事です


#グルメ #ドルチェ #イタリアン #レストラン #食 #日記


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