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ドクダミとの付き合い方

1、ドクダミ茶


窓の外から、パタパタと窓硝子にあたる雨の音が聞こえてくる。
ソファの上で丸くなり、うっかりそのまま居眠りをしてしまっていたようだ。
明子はゆっくりとソファから身を起こした。外は雨降りで湿度100パーセントかもしれないが、起き抜けの自分の喉はとても乾いて感じられた。

お茶でも飲もう。

そう思い、ゆっくりとした足取りでキッチンに向かった。
茶葉類を入れている引き出しを開けると、そこには緑茶や焙じ茶、紅茶、ハーブティの他、庭で摘んだ野草で作ったものまで幅広く綺麗に並んでいる。
お茶を飲むひとときは、明子にとって至福の時間なのだ。

なんとなく身体が重たく感じるのは、きっとこのお天気のせいだろう。
そう思って、去年作ったドクダミ茶を取り出した。庭にたくさん生えてきたドクダミを根っこごと引っこ抜いて、よく洗って乾燥させておいたものだ。
急須に、ドクダミの根や葉や花を砕いたものをひとつまみ入れ、昼寝をする前に沸かしておいたお湯をポットから注ぐ。数分おけばドクダミ茶の完成だ。

湯呑みを選ぶのもまた楽しい。お茶を飲む、その時の気分と茶葉の種類で器を選ぶ。ドクダミ茶なら日本茶の茶器が良いと思い、背が低く丸い湯呑みをカップボードから取り出した。

温かいお茶を口に含む。ドクダミ茶は独特のにおいで敬遠されがちだけれど、明子が作るドクダミ茶は、まるで身体に染み込んでゆくような優しい味がする。お茶好きの叔母にあげてとても喜ばれたこともあった。

はぁ〜
飲みこんで深いため息をつく。これが明子にとっての至福の時間だ。
優しい味わいがまず口の中に広がり、そしてお茶の温かさがじんわりと食道を通って胃に落ちてゆく。この瞬間は、ひとえに自分自身の身体に対する優しさを体現しているにほかならない。

次から次にお茶を飲んでは急須から注ぎ足して居ると、あっという間に急須は空になる。これほどまでに喉が乾いていたのかと驚きつつ、静かに窓の外に目を向けた。
雨は相変わらず庭を濡らしている。地面から顔をだしたドクダミの葉は、ひと雨ごとにぐんぐん伸びていて、次の晴れの日には一度引っこ抜かないといけないほどの丈になっていた。

満足するまでお茶を飲み、再びソファの上に座って目を閉じ、雨音に耳を済ませる。どこかへ遊びに出かけるのも楽しいが、実はこういう休日の過ごし方が、もっとも贅沢だとふとそう思った。

2、ドクダミを引っこ抜く

次の休みの日は幸いと晴れていたので、明子は朝早くから庭に繰り出した。軍手をはめた左手には剪定鋏を持ち、引き抜いたドクダミを入れる段ボール箱を小脇に抱えた。
庭にはびっしりとドクダミが群生している。ドクダミの白い花は小さくて可愛らしく、近寄ってにおいをかがなければ可憐に見える。
軍手をはめた両手でドクダミを掴み、思い切り上に引っ張る。ズボッと根っこごと抜いては泥を落として段ボール箱の中へ積み上げていく。こうして庭を丸坊主にしても、数週間もすると再び群生しているのがドクダミだ。
夢中になってドクダミを引っこ抜けども、いっぱいになる段ボール箱の様相とは裏腹に、庭のドクダミの量はちっとも減っていかない。汗だくになりながら段ボール箱から溢れんばかりのドクダミを眺め、一息ついたのはもう昼下がりを過ぎていた。

明日はおそらく筋肉痛だろう。中腰の園芸作業の翌日はいつもそうだ。
ついつい夢中になってやり過ぎてしまうが、今日はここまでとキリをつけ段ボール箱を抱えて家の中に入った。
キッチンでドクダミを丁寧に洗う。箱いっぱいのドクダミは洗っても洗っても先が見えない。まるでラッキョウを剥く猿のように、延々とドクダミを洗い続ける。その際に、綺麗な花弁だけ摘み取って寄り分けた。

3、ドクダミの部位別活用法

ドクダミの花弁でチンキを作ることにした。ドクダミの季節と梅仕事の季節は重なるため、キッチンにはちょうど度数の高いリカーがある。チンキは葉でも作れるけれど、敢えて花弁で作るのは、可愛い硝子の小瓶にドクダミの花弁を詰めてリカーで満たすと、小瓶の中がロマンチックな花の世界になるからだ。そのまま半年ほど寝かせれば、ドクダミチンキが出来上がる。お化粧水代わりにも使えるし、アトマイザーに入れれば虫除けスプレーとしても使えるし、虫刺されに塗っても良しと夏に嬉しいチンキになる。

ドクダミは、葉も花も茎も根っこもお茶になる。
洗ったドクダミの水滴を軽く拭って、根っこの部分をまとめて輪ゴムで結いて逆さまにして日当たりの良い軒下などに吊るす。
明子の場合は、せっかく綺麗に洗った後で外に干してまた汚れるのが嫌なので、日当たりの良い室内のカーテンレールにぶら下げて干して居る。
この時期、窓辺に大量のドクダミがぶら下げられている様はなかなかだ。

ちなみに、洗わず泥だけ払って軒下に吊るすのが一般的なやり方なのかもしれないが、明子の家の庭はドクダミが生えるほど日当たりが悪くジメジメしているため、不快害虫がドクダミに這っている可能性を考えて洗うことにしている。

触れたらパリパリと壊れるくらいに良く乾燥させれば出来上がり。よく晴れた日に何日も干しておく必要があるが、逆を言えばぶら下げた後はもう太陽の仕事なのだ。
干し上がったら密封できる缶やジップロックなどに入れて保存する。あまり量が多くないなら冷蔵庫に保管するのも湿気なくて良い方法だ。
ドクダミは根っこから引き抜いてもすぐに生えてくるから、同じことを2、3回繰り返すことができる。


4、ドクダミ茶の美味しい飲み方

ドクダミ茶の飲み方にもバリエーションがある。
明子のお気に入りは、そのまま熱湯で。けれど、叔母からお洒落な飲み方を教えてもらった。それは、ドクダミ茶に蜂蜜を溶かして一緒に飲む飲み方だ。
まるで紅茶に砂糖を溶かすみたいに、蜂蜜をスプーンいっぱい溶かして飲むとほんのり甘くなり、ドクダミの味にも調和して美味しかった。
明子の庭のドクダミはあまりにおいが強くないため、それで美味しく飲めるけれど、ドクダミ特有のにおいや味が気になる人には、他の茶葉とのブレンドもお勧めだ。焙じ茶と合わせれば焙じ茶の風味の方が強いため、ドクダミ茶のにおいは随分薄れてしまう。明子はドクダミ茶の味がむしろ好きなので、逆にブレンドはしないことにしているが、ブレンドが良い人は好みの配分を見つけるのもまた楽しそうだ。
そして、熱々のドクダミ茶も美味しいけれど、暑い日は冷蔵庫で冷やしたドクダミ茶もまた喉をするすると通っていく。大きめの瓶に作っておいたアイスのドクダミ茶も、あっという間に飲み干してしまう。


5、ドクダミ茶を楽しむということ

自分の手で庭から摘んだ植物をお茶にして飲んだり、花をチンキにして身体に塗ったりすることで、自分の住んでいる庭に対する愛着が強くなる。
なんだか、庭に大地に自然にこの世界に愛されているような気持ちになれた。
お茶にする前は、抜いても抜いても生えてくるやっかいな雑草だとしか思っていなかったドクダミが、美味しく頼もしい味方にさえ見えてくる。

美味しいお茶を飲める以上の幸せに満たされるのだということに、明子は最近気がついたのだった。

また次の休みは庭に出て、ドクダミを引っこ抜こう。
雨に濡れる庭を眺めながら、明子はそう思っていた。



終わり

補足:レシピ小説形式で臨場感を持たせることで、細かい手順や起こりがちなことなども楽しく盛り込んでみました。

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