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エネルギーを頂く食事の作法「神事としての食事」と「祭りとしての食事」と食欲のはなし

こんにちは、あやです。

2021年12月からはじめた、薬に頼らない身体になる「自然免疫」を活性化させる食事療法。

◆ 90% レクチンフリー(危険レクチン排除)
◆ 平日18時間断食(18〜24時間)
◆ 月1回、5日連続断食
(水と塩だけ、または水だけ断食)
◆ 週末・休日は暴飲暴食OK

あっという間に1年が経過し、2年目に突入。

人によってはストイックに感じるかもしれないライフスタイルですが、わたしにとっては嬉しいことや興味深い事、學びが多くて、普通に愉しみながらチャレンジしています。

このライフスタイルを始めてから、特に興味深く感じるのが、身体と魂の進化を感じること。

特に一番嬉しいのは、自分ではコントロールできなかった、ときどき異常な食欲に襲われて暴食してしまう問題が解決したこと。
おかげさまで、お腹が空いている訳でないけど、食べても食べても満足できないという衝動に、襲われることがなくなりました。

また、食事から生きるエネルギーを頂く感覚と、食べ物以外からも生きるエネルギーを頂いて、活動するエネルギーに変換する感覚が研ぎ澄まされてきたところ

食事の仕方には、3種類ある事に氣がついたんです。

一つ目は
食べ物と対話する事でエネルギーを頂く「神事としての食事」の仕方。

二つ目は
大切な人と、愛と感謝と喜びに包まれながらエネルギーを頂く「祭りとしての食事」の仕方。

三つ目が
食欲(欲)を満たすための、食事の仕方。 

食事の仕方には、この3種類があるようです。

しかも残念ながら、多くの人は三つ目の、食欲を満たすための食事の仕方しか知らないんです。

そこで今回は「神事としての食事」と「祭りとしての食事」と食欲を満たすたの食事」の違いについて、お伝えしたいと思います。

良かったら、最後まで読んでみてください ♬

断食ライフを通して氣がついた、食とはなんなのか

わたしが最初に気がついたのは「食事とは祭りである」ということ。

5日連続断食を始めたのは、2021年12月。
寒い季節にはじめてしまったので、寒気、めまい、痙攣、手足の痺れ、動悸、眠気に襲われるなど、断食を辛く感じる時間が多かったのは事実です。

5日連続断食期間中、ある程度動ける様になったのは、チャレンジ3回目以降くらいから。

5日連続断食の5日目に買い物に出かけた時、足取り軽やかに歩けるようになったのは、連続断食を始めて半年くらい経った頃です。

つまり、断食に慣れていない人にとっての断食は、大変な側面もあるってこと。

そんな断食ですが、断食明けにいただく最初の回復食、これが最高に幸せなんです。

わたしたちは、食べ物からエネルギーを分けてもらっているということが、理屈ではなく身体全体で体感できる素晴らしい時間ですから。

そうそう、補足になりますがわたしは国際カップル。インド人ダーリンと一緒に断食をしているので、日本の常識とは異なるスタイルで断食にチャレンジしてます。

特に、回復食。
わたしたちは「回復食はお粥」なんて意味不明なことはしません。

我が家の回復食は、平日の食事よりもバリエーション豊富に料理が並びます。

まさに祭り。

愛するパートナーと隣り合わせに座り、回復食を頂く幸せ。わたしたちはこの世界、太陽、大地、水、空氣、微生物、植物など森羅万象すべてに生かしてもらっている存在なんだという事が、体感できる素晴らしい時間。

そして、体験したことある人にしか分からない、口にした食べ物が五臓六腑に染み渡る、言葉にできないあの感覚。
断食明けは、感覚が一番研ぎ澄まされているタイミングだからこそ感じることができる幸せです。

そして同時に、愛する人と共に食事が出来ていることは奇跡であると実感する、特別な瞬間でもあるんです。

つまり「祭りとしての食事」とは、
この世界、そして命を分けてくれる自然界の全てに感謝し、その愛を味わい、同時に愛する人と共に過ごせることに感謝することで生きるエネルギーを受け取る。そんな食事の仕方なんです。

腹七分目の感覚を身に付けたくて理解した、神事としての食のあり方

腹八分目が分からない。
が、長年の悩みだったわたし。

リアルに食糧危機が起きた時も、心安らかに日々を愉しめる身体になりたかったので、ここはやはり腹八分目で満足する感覚を身につけるのがベストではないか。
むしろ、腹七分目くらいで満足できたら、もっと良いんじゃないだろうか?

と考えていた時、インド人ダーリンから
日本のお米は胃もたれするので野菜ライスにして欲しい。と、頼まれたんです。

レクチンフリーでは、日本のお米は食べちゃダメ、と言われる項目に名前がある食材。
(お米はインドのバスマティライスのみ推奨)

でも、わたしは日本の白米が食べたい。
そして、わたしは日本人なので日本のお米が身体に合うはず。
と考え実験してみたところ「わたしの身体は、日本の白米を食べても身体に炎症などの症状は起きず、むしろ体調は良くなる」ことを確認。

また、断食を通して日本のお米は「魂が望む食材」であることが分かっていたので、やはり身体と魂が満たされる食べ物が食べたい。

しかし、インド人のパートナーはわたしと民族が違うので、日本のお米は体質に合わない。

そこで試しに、パートナーとの夕食の前に軽く、白米と自家製の糠漬けを食べる生活を取り入れてみたんです。

この体験は、とてもインパクトあるものでした。何が違ったのかというと、食後、身体と魂に満たされるエネルギーの強さが違ったんです。

実は、食事の時に意識したポイントがありました。そしてその食事の仕方を意識すると、身体と魂が満足する、ということがわかったんです。

食事の仕方は至ってシンプル。「白米と糠漬けなど」をゆっくり噛み締めながら「身体と魂で、食材と対話しながら頂く」そんな食事の仕方をしただけなんです。

そして、氣がついたんです。
これは、まさに「神事としての食事」の仕方ではないかってことに。

だって、この神事の意識で食事をした場合、腹八分目どこらか腹七分目、いやいや「腹五分目くらいでも満足」できてしまうんです。

そして魂が満足して、身体にエネルギーがしっかり蓄えるられた場合、お腹が空いても辛いという感覚に苦しめられることがなくなりました。

現代人が食べすぎてしまう理由「食欲を満たす食事」の仕方が原因

わたしたち現代人は残念ながら、食欲を満たす食事の仕方をしてしまいがちです。

この「食欲を満たす食事」の仕方で食事をした場合、食べ物の栄養のみを摂取する食べ方になるため、必要以上に食べてしまったり、空腹になりやすい特徴があります。

また、魂で食材と対話したり、愛と感謝を感じながらエネルギーを受け取る食事をしているわけではないため、食後に魂が満たされるという感覚が感じられません。

なので人によっては、満腹になるまで食べてしまったり、食後に甘い物を食べてしまったり、間食をしてしまったりするんです。

また、SNSなどを見ているとき、食べ物の広告などを見て「あれも食べたい、これも食べたいっ」と感じてしまうのは、魂が満たされていない食事の仕方をしているから生まれる欲望だとわたしは理解しています。

魂が満たされていれば、目が欲する感覚に振り回される事はなくなりますからね。

3つの食事の仕方、食べる量と感覚の違い

わたしは、この3つの食事の仕方を全てを日々の生活の中で体験しています。

出来るだけ「神事としての食事」をするよう心がけていますが「欲を満たす食事」の仕方をしてしまう事もあります。

また、パートナーと一緒に「祭りとしての食事」を愉しむ時もあります。

この3つの食事の仕方の違いですが、まず食べる量が極端に違います。そして食べた後、身体に満たされるエネルギーの量と質、愛の質が違います。 

食べる量が1番少ないのは「神事としての食事」の仕方をした時。身体と魂が満足するのに量は必要ないので、一番コスパが良いのが特長です(笑)

また「神事としての食事」の仕方をした時は、身体に蓄積されるエネルギーの感じ方は、静かで厳か。強いエネルギーを感じるというより、身体のバランスが整う感覚が得られるのは、この食事の仕方をした時です。

反対に、食べる量がいちばん多いのは「祭りとしての食事」の仕方をした時かもしれません。
「祭りとしての食事」の場合、食事の時間も長い事が多く、心が満たされ幸せと愛がダイレクトに感じられるありがたい時間が過ごせます。

また食後、身体に強いエネルギーが蓄えられている感覚が得られるのは、この「祭りとしての食事」の仕方をした時が一番強いです。

「神事としての食事」の仕方をした時と比べると、真逆の感覚ですね。

「神事としての食事」の仕方をした時の、静かにじんわり魂が満たされる感覚に対して「祭りとしての食事」の仕方をした時は、エネルギーが一気に高まり、愛と歓喜に包まれる感覚を感じます。

食べる量がケースバイケースで変化するのが「食欲を満たすための食事」の仕方をしてしまった時。

この場合、何かしらの慾求の影響を受けて食べてしまう事が多いためです。

惰性的に食べてしまったり、美味しい食事であったとしても「食材と対話する余裕を持たず食べてしまう」ため、魂が満足する感覚は感じられません。

だからこそ、すぐに空腹になってしまったり、口寂しくなってしまったりします。

3つの食事の仕方、どれか一つが正しい言う事ではない

今回、食事の仕方で異なる、食べる量と食べた後の感覚の違いについてまとめてみましたが「神事としての食事や、祭りとしての食事」の仕方が正しくて「食欲を満たす食事」の仕方がダメ、と言ったことを伝えたい訳ではありません。

どれでも、好きな食事の仕方を選べば良いと思います。

しかしわたしは「神事としての食事や祭りとしての食事」の仕方は「食欲を満たす食事」の仕方に比べて、自然免疫の力が活性化すると感じています。

(医学的なエビデンスがある訳ではありませんので、その点はご理解ください)

なのでもし、あなたが自然免疫の力が発揮されやすい健康な身体になりたいのであれば、試しに「神事としての食事」の仕方や「祭りでしての食事」の仕方を意識してみてください。

「神事としての食事」の具体的なやり方と注意点については、こちらをチェック⬇️

ここまで、読んでくださりありがとうございます。少しでも、新たな氣づきに繋がったら嬉しいです。

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