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【あべ本#10】末次俊之『革新主義的保守 安倍晋三宰相論』

読み始めたら意外にも……

これまた結構強烈な表紙。普通の本屋には売っていなさそうな、手に取る人を選びそうな濃い香りがする見た目です。なんだか、過剰に安倍総理をほめているんじゃないだろうか、とか。

それでも読んでみたのは、「革新主義的保守」というタイトルにピンと来たから。「安倍総理は保守なのか」は第二次政権発足後から、私も含め保守の人たちの一部で長らく疑問になっているところ。先日は雑誌『正論』がまさにそれを問う特集を組んでいました。

確かに家族制度その他の思想は「保守」でしょうが、移民(外国人労働者)政策に舵を切るほどの社会の急変を許容できるのは、「革新」であるわけで、このタイトルは「自分が考えていたことのヒントが見つかるかも」と思ったのです。

筆者である末次氏の定義によれば、革新主義的保守、とはこういうもの。

《決して伝統の否定に立つ革新ではなく、古い伝統と新しい現実の妥協を求める保守的性格を持っており、政治をはじめ社会や文化の各分野で改革を促進する機運をも織り上げるところに大きな特徴がある。しかもその根底において、一連の改革的な政策を行うことによって、体制の保守・安定化を図ろうとするものである》

自民党の政治家は押しなべてみんなこの路線ではないのかと思わなくもないのですが、あえて「伝統(や歴史)」を強調する傾向が強い一方で「岩盤規制を、ドリルとなって破壊する」的なことを言う安倍総理は、確かに「革新主義的保守」と言えるのかもしれません。そしてこの微妙なバランスが、政治に関心のある親安倍・反安倍両陣営をヤキモキさせている要因なのではないかと私はにらんでいます。

さて、筆者の末次氏には大変失礼なのですが、あまり期待せず読み始めた本書、若干疑問はあれど、意外な「めっけもん」でした。

教育基本法改正は誰の手柄?

本書は第二次安倍政権発足から約半年後に出版されており、論評の多くの部分は第一次安倍政権から第二次安倍政権誕生までで、第二次政権への評価にはさほど立ち入っていません。

一応この「あべ本レビュー」は第二次政権を対象としているので、取り上げるべきか否か迷いましたが、かえって他の本にはない良き部分が多くありましたのでご紹介します。

第一次安倍政権の功績と言えば、①教育基本法改正②防衛庁の省昇格③国民投票法制定――の3つ。1年の間にこれだけのことをやり遂げたにもかかわらず、メディアの安倍叩きと参院選大敗、持病の悪化により志半ばで倒れたというストーリーが、熱烈な安倍支持者の「支持する理由」となってきました。

「あべ本」のなかの安倍総理支持論調で書かれるものではほとんど触れられることがないのですが、本書ではまず①の教育基本法改正については「安倍政権発足前から決まっていた」、《だが、安倍晋三首相は新教育基本法成立を自分の業績として訴えた》と説明されています。え、そうだったんだっけという感じですが、その経緯も子細に記載されています。

親安倍も反安倍も、「教育基本法改正」は安倍政権によってなされたものとして支持したり反発したりしているわけですが、実は古くは80年代から改正が検討され、00年代に入ってからその動きは具体化していたというのです。

もちろん、様々な調整や議論を乗り越えて「成立」に至ったのは安倍政権ではあるのですが、この点、経緯を追うと、どちらの陣営も第一次安倍政権を過剰評価していたことになるかもしれません。

しかも、反安倍派による「安倍が教育を壊した」的な評価は、後付けなのかもしれない、というデータも引用されています。2006年5月に実施された『読売新聞』の世論調査によると、民主党支持層でも63%が改正を支持していたそう。今のリベラル内での不評っぷりを思うと意外な感じがします。

国民投票法成立に尽力した枝野幸男

この「意外さ」は国民投票法の経緯でも感じました。本書にもあるように、《国民投票法の成立によって、改憲が具体的に現実を帯び始めたとみて取った有権者の間では、改憲をめぐる議論に慎重な態度を示す人が少なからず増加した》。確かにそうなのですが、しかし国民投票法成立の経緯では、06年中に民主党から「民主党案」が出され、「日本国憲法の改正手続きに関する法律案等審査小委員会」が、なんと民主党の枝野幸男筆頭理事から出されて設置に至っているという!

これは驚きました。「憲法議論に参加する」とネット番組で述べた国民民主党の玉木雄一郎代表が「#裏切り者には死を」とか言われてしまう現在とはずいぶん状況が異なっていませんか。もちろん、安保法制成立など要因はありましたが、それにしても。

しかも投票法に関しての与野党の案は「さほどの差がないほど」までにお互い修正を加え、協調ムードで成立直前まで進んだというのです。

ところが安倍総理が07年1月の年頭所感で「法案成立を早期に」「憲法改正も私の内閣で」と述べたところ、民主党・小沢一郎代表の態度が硬化。さらに民主党案に寄せる形でなんとか共同提案にしようとするも、野党が拒否、など紆余曲折ありなんとか成立にたどり着いたという。

今からすると意外なほど、民主党もこの国民投票法にはかかわっていたんですね。13年にも改憲試案を発表している枝野…いまは立憲民主党代表ですが、護憲派票田を手放したくないのかもしれないけれど、このころの積極的な憲法議論を思い出してほしいところです。

筆者の末次氏は下関出身

というように、俯瞰して第一次安倍政権を眺めている本書のおかげで、実際のところ、がよくわかりました。

本書の筆者である末次俊之氏は専修大学法学部の助教。元は米国研究で博士号を取ったものの、学生に教える必要から日本政治、中でも安倍政権研究をスタートさせたそう。

元の米国研究との関連か、安倍・野田両総理の対米認識を分析した部分も結構面白く読みました。第二次安倍政権の「対米追従」の原因の一つとして、鳩山政権時の日米関係の軋轢があるのではないかと私は思っているのですが、本書の野田政権の対米政策分析で、すでにこの時点から対米追従的方針は取られていたこともわかりました。いやー、得るものが多い!

しかし疑問があるのは、下関出身である末次氏が安倍政権に関心を寄せていたことはいいとしても、あとがきにあるこのくだりです。

《なかなか筆が進まなかった。しかし、安倍総理がおよそ5年前に退陣を余儀なくされたにもかかわらず、再び政権の座を目指して復帰する姿を目の当たりにし(中略)私自身もまた新たに現代日本政治の研究に取り組む決心をした次第》

なんだろう、せっかく本文の記述が客観的で、学者らしい観点から書かれているのだから、なにかシンパシーを感じている的な内心はしまっておいた方がよかったのではないか、と思ってしまいました。シンパシーを持つことはもちろん構わないわけですが。いや、もちろん親安倍派の手によるその他の「あべ本」とは違って相当客観的なんですが、それだけに。

ただ、1977年生まれで40代前半の方なので、ぜひ研究成果をこれからも発表してもらいたいものだなと思うのでありました。その際はぜひ、もう少し一般の人が手に取りやすい表紙で!


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