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5.ちくわの最後

…彼女の危機を救えたのだから、よしとしよう。
何度も自分にそう言い聞かせて、撤去先から自転車を取り戻した時には、とっくに昼を過ぎていた。
このままゲームセンターで時間をつぶしてから帰ろうかと思っていたら、ケータイに伊織からメッセージが届いた。

『大災害の意味がわかった』と、書かれていた。

下校する生徒に紛れて、僕は再び学校に戻った。伊織の指示通り保健室に向かうと、彼はベッドの上で頭に包帯を巻いていた。
「どうしたんだよ」
「見ればわかるだろ。体育でケガしたんだ。三針縫ったよ」
僕は昨日ちくわで見た、伊織が倒れる映像を思い出す。これのことだったんだ。

「バスケのボールにさ、先の尖った小さい石が刺さっていて、それが頭にぶつかって、大出血&脳震盪だよ。斎藤が僕に気を付けてって言っていたのってこれ?」
「…たぶん」
「倒れるときに目の前が真っ赤で何も見えなくて、それこそあたり一面火の海のように見えて。気を失う前に気づいたよ。これ、見たことあるって」
自嘲気味に伊織が笑う。
「まじで、死ぬかと思った」
「…一応、当たっていたんだな」
「そっちは?彼女大丈夫だった?」
「うん。まあ事なきを得た。諸事情で怒らせちゃったから、フォローを頑張らないと…振られるかもしれない」
「そうか…」
伊織が、ポンポンと肩をたたく。ケガ人に慰められるとは。
「残念ついでに見て欲しいものがある」
そう言うと、伊織はカバンの中からビニール袋を出した。あけると、そこには異臭を放つ、伊織のちくわがあった。
「えっ!どうして、いつ?」
「斎藤が学校を出て行ってしばらくしてだな。腐っちゃった」
まさか!

僕も慌ててカバンからちくわを取り出す。そこには、伊織のちくわと同じく、異臭を放つ僕のちくわがあった。
触るとべたべたして妙な水分が出ているが、僕は意を決してちくわを覗い。そこには、あきれたような顔をした伊織がこちらを見返していた。

「…なにもない、なにも…ただのちくわだ!」
ノー!!
叫ぶ僕に伊織が憐れみの表情で言った。
「…まるで、さっきの自分をみているようだ」
こうして、不思議なちくわとの別れは、あっけなく突然訪れた。食べ物として、とても自然な形で。

帰る前に、僕と伊織は学校の中庭に互いのちくわを埋葬した。毎日連れ添ったちくわを、ゴミ箱に簡単にポイすることなどできなかったからだ。

「…なんで突然腐ったんだろう。今までなんともなかったのに」
「おそらく、役目を終えたんじゃないか。今回だけ予言の仕方が変だったし、とても重要なことだった。力尽きたんじゃないか」
落ち込む僕とは対照的に、伊織はどこかすっきりした様子で、淡々と持論を展開した。
これまでこの世の終わりを告げる恐怖の予言に怯えていた伊織からすると、清々したのだろう。

「ああ、これで抜き打ちテストが予想できなくなる…。僕は終わりだ…」
「本来の形に戻るだけだよ。大丈夫」
「それもそうだな…。自立…しなきゃなあ」
未来を教えてくれる便利なちくわは、もうないのだ。
「よし!焼肉食べに行こう。景気づけに」
目に滲んだ涙をふき、僕は立ち上がった。
「ちくわじゃなくて?」
「ちくわとはもう決別するんだ。それに僕は焼肉の方が好きだし!」
伊織が「僕もそうだ」と言って笑う。
僕らは校門に向かって歩き出した。

                                                            おわり

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