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アクマのハルカ 第6話 進化にあったのは協力。優越感に浸る為の服従では生き残れないよ。

 香月麻莉亜(こうつき まりあ)を取り巻いていた赤い雲は霧のように散り、教壇に立っていた麻莉亜の目の前には真弓(まゆみ)の姿があった。ようこそと言わんばかりのもてなしの心を映した目で真弓が麻莉亜に微笑んだ。
 「麻莉亜先生、お待ちしてました。」
 真弓はそう言って笑いかけ、最前列の席に着席した。座るなり、
 「麻莉亜先生とあの子のチャット見たよ。麻莉亜先生って本当に面白いね。」
 真弓は口元を両手で覆い笑みを隠した。麻莉亜にはいつの、どのチャットについて真弓が興奮しているのか分からなかったが、恐らくスクリーンショットでもして生徒間で回したのだろう。盗聴を愉しむ生徒たちだ、文書の秘密を侵害することに何の躊躇いも持たないと麻莉亜は思った。

 麻莉亜には真弓が言うようにあの子とのチャットが出回っていることを疑う余地がなかったから、当該事実を前提とし、
 「あなた達、盗聴やスクリーンショットで他人のやり取りを覗きみて、私が自分をどう思っているか妄想し、その妄想に沿って私の人格非難するの好きよね。共通の敵を見つけることでチームワークを作っているのかしら?」
 と笑顔で聞いた。真弓は麻莉亜のその言葉を聞いてふんっと鼻で笑う。
 「チームワーク?違うわよ、私は服従しているのよ。だってあの子の言う事に従うと、優越感に浸ることができるのよ。」

 真弓が肘を付き、上目遣いで麻莉亜を見る。真弓はあの子のように鼻筋が通った肌の白いキレイな少女ではなく、彫りの浅い顔に色黒ではあったが、雰囲気があの子そのものであったから、麻莉亜は似てると感じた。
……………
 真弓はスマートフォンを取り出し、麻莉亜とあの子のチャットのスクリーンショットを麻莉亜に見せた。
 「麻莉亜先生は、送ったメッセージの全部を送信取消したのね!不安定。」
 とスマートフォンを見せながら真弓は声をあげて笑う。麻莉亜はやっぱり勘は当たっていたと思った。あの子は普段から家族や異性とのチャットを他人に見せていた。麻莉亜はそのことを思い出しあの子とチャットをした後、メッセージを残しておくことが躊躇われ送信取消をしたのだった。

 麻莉亜は真弓の言葉に反応せず、黒目だけをスマートフォンから真弓に移した。
 すると真弓が反応する。
 「あの子が『双子妊娠中。双子の人誰か知らなぁい?』と麻莉亜先生に送った後、『真弓も双子の姉妹よ。』と送ったでしょ?」
 と聞いた。だから麻莉亜は躊躇いなく長い金髪を左の耳にかけながら、
 「そんな様な返事をしたわ。」
 と答えた。その答えに真弓が激昂した。
 「あ、の、さ、私のこと人に言わないで!」
 立ち上がり、真弓は机をリズムカルに叩きながら麻莉亜に言った。麻莉亜は、
 「既知の事実よ。あの子を含めクラスみんな真弓が双子と知っているのになぜ?」
 と首を傾げた。真弓はじっと麻莉亜を見つめる。
 「麻莉亜先生と仲良しと思われたくないの。」
 真弓は平然と回答した。麻莉亜は心が張り裂けそうで何も言えなくなった。
………………
 麻莉亜が黙ったのを良いことに、真弓は次々と見下し出す。
 「ぶっちゃけ、私、麻莉亜先生と親しくしていたじゃない?帰宅難民になった時、泊めてもらったり、一緒に帰ったり、話し聞いてもらったり。
全部非公開ね!知られたくないのよ。」
 真弓は上から目線で優越感に浸っている。

 麻莉亜は、真弓との出会いを思い出した。人間ドック先のトイレで「バリウムヤバい」と吐いていた真弓に、麻莉亜がティッシュと水の入ったペットボトルを渡したのがきっかけだった。
 その時に連絡先を交換し、たまに話すようになる。二人で日帰り温泉に行った時には「年齢関係ないんだね、人って。」と話しながら2人で天丼を食べたな。

 偶然、麻莉亜が真弓の担任の教師になって、あの子が加わるまで真弓は麻莉亜を理想的な状態になるよう、コントロールすることなんてなかった。
 あの子が原因か、真弓の本質がズルいのか分からない。しかし、関係の破壊は修復不能なものである。麻莉亜はそれが哀しかった。ゆっくり大事にしてきたものを、なぜ真弓は手放して平気なのか。なぜあの子は奪うことを成し得るのか。
………………
 麻莉亜が声を発しないから、真弓はまた怒り出す。
 「何か言いなさいよ!」
 麻莉亜は真弓の口調に、あの頃の敬愛も思いやりも感じなかった。それでも伝えたい本音を伝えなければならないという意志は、真弓の言動に左右されなかった。そして、
 「温泉に行った時、真弓がオリンピックを見てフィギュアースケートやりたくなったと話してたわよね。何気ない会話を交わした毎日は何だったかと思うと、哀しいわ。」
 と言った。その言葉に満足したのは麻莉亜自身だった。もう十分と感じたのだ。
 他方で真弓は、もっとその思いやりが欲しいと麻莉亜を試す。
 「哀しいの?何で?戻ってあげようか?」
 真弓の発言に麻莉亜はもう言うことはなかった。
………………
 麻莉亜は少し黙った後、心の中でサヨナラを呟いた。そして、
 「消えゆく者に話すことはない。」
 と告げた。次に言葉を失ったのは真弓で、大きな目で麻莉亜を睨みつけ、
 「は?」
 とだけ言った。

 麻莉亜は、
 「生物学上、進化し、生き残った生命はお互いの能力を補填し合ったものだけで、一方的な信者は消えているの。」
 と先生に戻って回答した。真弓はそれが気に入らない。だから、
 「何よ、何よ、何よ!あの子の言う通りだと、上になれる!それが進化」
 と大声で言ったあと、止まった。そして付け加えるように、
 「のはずなのに。」
 と小さな声を出し机を見つめる。その目には涙をいっぱい貯めていた。真弓は暫く動かなくなった後、机に付いた両手を軸に顔を上げ麻莉亜に向かって、
 「あの子って?」
 と言った。
…………………
 麻莉亜は恐ろしくなり、後ろに2歩後退りし、両手の裏を黒板に付けたところで止まった。そして、
 「あの子は、悪魔悠(あくま はるか)。」
とため息に音を乗せた。

 麻莉亜と真弓はほんの一瞬だけ目を合わせる。2人は安熊ハルカ(あくま はるか)が悪魔だと確認し合ったのだ。だがそれ以上、言葉を交わし合うことなく麻莉亜は赤い雲に掻き消された。


………………
 白衣を身に纏い、左手に銃を構えた金髪の生物教師、麻莉亜は悠と対峙していた。悠はクォーターこその透き通る様な白い肌が美しい。つぶらな大きな目は、頬杖を付いた教壇から麻莉亜を上目遣いで見た。
 美人故に一層恐ろしい。

 麻莉亜は銃を左手に構えているからこそ、自らを律していられているが、その内心は「教祖になってしまったのか、どうする?」との不安で壊れそうだった。
 真っ青になった額から汗が滴る。

 なぜこうなったの?
 そう、悪魔の悠の後ろには、ハルカに取り込まれたはずのクラスメイト全員が着席していたのだった。

(アクマのハルカ 第6話 進化にあるのは協力。優越感に浸る為の服従では生き残れない 了)

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