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幸せなことが かなしかった

「毎日楽しいけど、でもたまに辛くなる。夜、眠るときなんかに。
その一日が楽しかったら、楽しいだけ、辛くなる」
そう彼は言った。

この言葉にかつてないほど心を触れられた。

たくさん優しさを向けられた日、愛を向けられた日、笑顔で溢れた日、私という人間を生きられた日。決まって夜、間接照明のオレンジの光に照らされながら、ベッドの上で悲しくなった。寂しさとは少し違う、申し訳なさと喪失感を混ぜたような、確実に自分の中の何か大切なものが抜け落ちたような感覚、もしくは毒に蝕まれているような感覚。そんなものに襲われた。

幸せを享受できなかった。それは私が恵まれなかったという意味ではなく、私に向けられた愛や幸せを、私自身手を出して受け取ることができなかったという意味である。

身に余った幸せを、1人になった瞬間に私は正しく悲しみへと変換していた。決して何にもしがみつかないように。


「その一日が楽しかったら、楽しいだけ、辛くなる」

その言葉はまさに私の心を表してくれていて、こんな気持ちを抱えているのは私ひとりではないのだと言ってくれたような気がして。

幸せをうまく受け取れない私も、私の感性だ。少なくともしばらくは、幸せの後にやってくるこの悲しみを避けることはできないのだろう。
だけどこれからは、「楽しかったはずなのに、よくわからないけど悲しい」ではなくて 「今日は幸せを感じたから、幸せだった分いつもより少しだけ悲しいんだな」と少し悲しみを客観視することができそうな気がしている。

私が幸せを幸せとして受け取ることができるようになるまで。

私はかなしみながらも、進んでいよう。






河野裕さんの階段島シリーズ。自分の首をずっと優しく緩やかに絞められているような、そんな気持ちで苦しみながら全6巻を読み切りました。

次から次へと答えのない問いを投げつけられているようで、たくさん立ち止まりたくさん考えた作品でしたが、特に、小さな少年が零したその言葉を抱き締めずにはいられませんでした。

確実に、今の私を作ってくれている作品の一つです。









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